BACKTOPHOME



Page  14



 ロンドンのスタンレー邸に戻るとすぐに、レナードと共に父に正式の婚約を伝えた。
「それは意外なことだった……」
 何気なさを装い呟いた侯爵の顔に、してやったり、と言わんばかりの表情がよぎったのを、アリシアは見逃さなかった。
 彼女の美しい眉が冷ややかに上がる。
「犯人が身内だったことさえ、あまり問題にならないようですわね。どうやら、お父様の思惑通りに事が運んだのかしら? 最初から、わたしとレナードを結婚させるご計画でしたのね?」
「これ、少し言葉を控えぬか!」
 慌てて娘をたしなめると、侯爵はレナードにちらりと目を向け咳払いした。
「別にそういうわけではない。もちろん、サイモンについては非常に遺憾に思っている。まぁ、それにしても……、伯爵ならあるいは、と期待したのは事実だな。お前のようなじゃじゃ馬を上手く扱えそうな男は、ロンドン社交界中を見渡してもそうはおらぬからな」
「失礼ね! わたしを馬と一緒にしないで!」
 怒ってそっぽを向いたアリシアを、侯爵が困ったようになだめにかかる。一歩下がって親娘を見守っていたレナードは、笑いを噛み殺すのに苦労しながら、侯爵に助け舟を出した。

「ともあれ、こうして問題が無事に解決しましたからには、我々の結婚式は一か月後ということで、今日にも告知を出したいと思います」
「それは……性急すぎるな。婚礼の準備もろくに整わないではないか」
「精一杯の妥協線です。それ以上は一日も待てそうにないですから。招待客はこちらで早急に手配いたしましょう」

 アリシアも驚いてレナードを振り返った。婚約期間は通常六か月から一年以上だ。偽りの婚約期間を入れても異例のスピードだった。だが彼の目は、それでも長すぎるのを我慢しているのだ、と、はっきりと伝えていた。


 扉の前に整列している使用人達の前で、レナードが臆面もなく常識に欠けるほど熱いキスをして立ち去ると、アリシアはくらくらする頭を抑え、ようやく自室に戻った。
 侍女達から細やかな気配りを受けながら、まだ心はここにあらず、という有様だった。一連のめまぐるしい事の成り行きに、眩暈を覚える……。



◇◆◇  ◇◆◇


 そして、たちまち時は過ぎ去り、二人の結婚式の日が訪れた。

 二人を祝福するように、大聖堂の壁に立て掛けられた大きな柱時計が時を告げると、高い丸天井にパイプオルガンの楽曲の音が響きわたった。
 正装の教区主教に続いて、スタンレー侯爵が立ち上がった。主教が厳かに祭壇の中央へと登壇する。集った侯爵家、伯爵家の親族や招待客が左右に並んで見守る中、レディ・アリシアは花婿が登場するまでの代理を勤める同い歳のいとこに手を取られ、真紅の絨毯の敷かれたバージンロードをゆっくりと進んで行った。
 全身にベネチアンレースをあしらった、ハイネックの豪華な純白のウエディングドレスの裳裾を長く引き、結い上げた髪に小花を散らした霞のようなベールを被って、それを大きなルビーがはめ込まれた金のティアラで留めている。白い薔薇のブーケを持つ手が、心なしか震えていた。
 花嫁が所定の位置につくと、花婿が扉の前に現れた。伯爵は逞しい身体にぴったりと合った黒いタキシードの上下に身をかためていた。いつも乱れがちだった白っぽい金髪も流行の長さに整えて、どきどきするほど男らしく見える。
 彼は少し緊張した面持ちで祭壇に歩み寄ると、静かにアリシアの隣に立った。
 レナードの顔に感嘆の色が浮かんだ。目と目を見交すうち、緊張がほぐれ暖かい心からの微笑みが浮かぶ。
 主教の言葉を聞き、不滅の誓いを繰り返しながら、アリシアは身内に湧き起こる幸福感をかみ締めていた。
 ついに彼女の細い指に金の指輪がはめられ、レナードが彼女を優しく引き寄せ永遠の愛を誓う口づけを交わす……。

 式が滞りなく終ると、客達の賛辞と祝福を受けながら、二人は聖堂の中庭に出た。そこも多くの人で溢れていた。木々の梢から、午後の明るい陽射しが陽気に差し込み、鳥達が楽しげにさえずる声が聞こえてくる。
 いよいよ二人は新しい門出に立ったのだ。これからは病める時も健やかなる時も、楽しい時も辛い時も、共に人生を味わい共に過ごしていく。
 きっと、わくわくするような毎日が待っているに違いない……。



◇◆◇  ◇◆◇


 夜半も過ぎた頃、二人は寝室の大きな天蓋付きのベッドで、初めて愛を交わした後の満ち足りた余韻に浸っていた。

 レナードはアリシアの緊張しきった美しい身体を、この上ない優しさと忍耐で包み込んだ。
 決して急かすことなく、惜しみない賞賛を注ぎながら、彼女の怖れと恥らいを手と唇で解きほぐし、初めての高みへと導いていく。それは彼にとって、苦痛にも似た長く甘美な時間だった。
 やがて、レナードの指先が彼女の最も敏感な部分に分け入り、快楽の在り処を探るようになぞり始めると、アリシアの固く閉じていた瞳が驚いたように見開かれた。覆いかぶさっている彼を押し返そうと、肩にかけた華奢な手に力がこもる。
 けれど、どんなに押しても叩いても、彼は決してその責め苦をやめようとしなかった。彼女の身体が小刻みに震え出し、未知の快楽の矢に射抜かれて、悲鳴と共にのけぞるまでは……。
 アリシアがぐったりすると、レナードは彼女の中に優しく身を沈め始めた。途端に、彼の侵入を拒むように身体が再び緊張し、唇からこらえ切れない呻きが漏れる。歯を食いしばりながらも、レナードはまだ急がなかった。少し進むごとに彼女をキスで慰労しながら、初めての身体が自分に馴染むまで、辛抱強く待つことを繰り返した。
 アリシアの目の奥で白い光の塊がはじけた。彼の動きに合わせて腰が自然に揺れ動き、たくましい肉体にすがりついて身もだえする。
 ついに熱く身を絡ませた二人が、完全に一つになって静止したとき、アリシアの目からこらえきれず涙があふれ出した。二人が到達した至福の門の向こうには、それまでの彼の忍耐を凌いでもあまりある、豊かな楽園が覗いていた……。


 全てが終わると、レナードはゆっくりと身を起こし、彼女の顔をぬらしている涙をそっと指先でぬぐい取った。重くないよう傍らに横たわり、まだ余韻に震える細い身体を自分の体にしっかりと寄り沿わせる。
 彼の心臓の力強いリズムが耳に心地よく響いてくる。アリシアはそっと目を開き、夫を見上げて呟いた。

「結婚が、こんなにも素晴らしいことだったなんて……、知らなかったわ」
「まだ始まったばかりだよ。僕達の時間はこれから一生あるんだからね。君にさんざん焦らされた分も、たっぷりと……」
「あら、何かしら?」
「いや、別に……。こっちの話さ」
 かすかなため息と共に黙った彼に、ふふっと笑いかけ、アリシアは甘えるようにその胸に顔を擦り寄せた。
「レナード、あなた……。愛してるわ」
「……やっと、君の口から言ってくれたね」
 回された腕に一層力がこもった。窓から差し込む月明かりの中で、レナードが少し頭をもたげ、満足そうに微笑むのが見えた。



 こうして、スタンレー侯爵令嬢アリシアとブラッドフォード伯爵レナードは結婚した。
 アリシアの強い希望で、レナードは軍を退役しロンドンに落ち着くことになった。
 結婚後も、気の強いアリシアと言い出したら引かないレナードは、しょっちゅうぶつかり合っては、侍女や使用人達をやきもきさせた。
 だが熱く言い争った後はいつも、更に熱く愛し合う時間となり、二人の間には快い刺激と笑いが絶えず溢れていた。

 そう、いつも二人は共にいる。それこそが何より大きな幸せだった。


     〜 fin 〜

BACKTopHome

      ロマンスコミック誌も電子書籍で! 別冊ハーモニィ16年10月号・完結作6作品収録〜

patipati
----------------------------------------------------
10/10/23  再掲