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 その反応からローレルの思いの変化が伝わったようだった。
 彼ははっとしたように顔を上げると、彼女を見下ろしながら、身に着けている衣服を引き剥がすように脱がせていった。そして次には自分も。
 やがて互いの全てが露わになった。窓から差し込む夕暮れの残光の中、恥らうように胸元で組み合わせようとする両手を掴んで押しのけると、柔らかな丸い乳房に唇を寄せていく。
 野のベリーのように甘い先端に口付けし、ついで舌で舐めたり軽く噛んだりすると、一瞬驚いたように目を開いたが、またしっかりと閉じてしまった。

 その体験はローレルにとって、これまで築いてきた世界が粉々に砕け散ってしまうような衝撃だった。今は何も見たくない。一切の醜い現実を締め出して、ただ自分の全てで彼に触れたいと思った。たとえ、それが罪深いことでも……。

 ローレルが、与えられる行為を従順に受け入れ始めたのを感じると、それまでジェフリーを捉えていたがむしゃらな怒りが少しずつ解けていった。それと入れ替わるように、今全身で組み敷いているこの女性への愛しさが、触れ合った肌を通して体の隅々まで伝わっていくようで、ぶるっと身震いする。ローレルは敏感すぎるほど敏感に反応していたが、手で唇で舌で彼女の感じる部分に触れるたび、悦びを味わう、というよりむしろ怯えているようだ。
 初めての身体を慎重に悦びへと導くために、ジェフリーは内なる欲望という名の獣を精一杯制御しながら、徐々に女性の最も感じる中心へと、指と唇を近づけて行った。湿った濃い金色の縮れ毛を二本の指で掻き分けて、ぴったりと閉じられた腿の奥の燃えるような愛の根源地を探り当てると、びくんと身体が大きく揺れた。

「あっ、いや」
「いい子だ。君はとても素晴らしいよ」

 頭を振って呻き声を上げるたびに、宥めるようにつぶやきながら、唇にキスしてリズミカルに愛撫を始めると、ローレルは驚いたように身震いし、それからすすり泣きをもらし始めた。彼女の震えを感じながら、その愛らしい真珠を傷つけないように細心の注意を払って、指先で刺激を与え続ける。
 だんだんとローレルの顔が赤らみ呼吸が荒くなってきた。もう我慢できないというように彼の手を払おうと手を伸ばしてきたが、彼はそっと押し返すと、なおも敏感な愛撫を続けていた。愛の泉はもう完全に潤いきって、きつく閉じられていた脚も緩み、彼を受け入れるように開かれている。
 彼自身ももう限界に近かったが、強いてゆっくりとしなやかな脚を押し広げると、 再びこわばった彼女の身体をもう一度しっかりと全身で包み込むように抱き締めた。そして、彼女のその部分にとうに猛り立っていた彼自身を密着させ、慎重に彼女の中へと入り始める。
 途端に、アメジストの瞳がびくっと大きく見開かれ、滑らかな背中が軽くのけぞった。

「あ……!」
「大丈夫だ……、身体を楽にして。全てわたしに任せるんだ」

 宥めるように耳元に囁き続けた。どんなに慎重に入ろうとしても初めての身体に痛みを与えるのはわかっている。案の定、見開かれたローレルの目に涙が浮かび、頬を伝い始めた。嗚咽する彼女をなだめるように、声をかけ続け、ようやく彼女が完全に彼自身を受け入れたときは、二人とも体中が汗に濡れていた。
 最初の衝撃がようやく少し薄らいでくると、ローレルは彼に抱き締められながら、男女の体とはこんなにも密やかな方法で完璧に一つになれるものなのか、と驚いていた。だが、まだ終わりではなかった。
 彼がそっと動き始めた。最初はゆっくりと、それから徐々に速さを増すその動きに合わせ、自分の腰も揺れ動く。幾度も互いの肌を打ち付け合ううち、一つになった部分から押し寄せる恍惚のうねりに目がくらみ始めた。次第に何もわからなくなっていく。高い波にさらわれ、しなやかな身体をのけぞらせて大きく喘ぐと、溺れる者が掴まるものを求めるように、たくましい肩にすがりついた。彼の黒い目が細められ、いっそう力強く突き入れてくる。やがて二人はきつく抱き合い、極限で解き放たれた。
 全てが終わった後も、ジェフリーはすぐには彼女を離さなかった。ローレルは汗ばんだ男の匂いのする胸に抱かれたまま、満足げなそして悲しげな吐息をついていた。

 これで、本当にすべてを捧げてしまった。自分はもうレディでさえない……。
 でもたとえ、これからどうなっても、後悔だけはしないだろう……。



 どうやら、そのまま意識を失うように眠りに落ちたようだった。
 ノックの音が聞こえ、瞬きして目を開くと、辺りは真っ暗になっていた。
 隣に横たわっていた侯爵が起き上がって傍らの燭台のろうそくを点すと、質素な部屋に大きな影が浮かび上がった。彼は裸のまま扉まで歩き、ほんの少しだけ開くと、食事の載ったトレーを受け取り部屋のテーブルに置いた。
「食事とワインだ。おなかがすいただろう?」
「………」
 背中を支えられ、ローレルはようやく身体を起こした。まだ全身に鈍い痛みが残る裸身を上掛けにくるんだまま、ワインのグラスを受け取り口をつける。

「まったく……、昨日からどこか狂っていたようだ」
 ようやく人心地がつくと、深い吐息とともに彼はそう呟いた。ローレルの少し腫れぼったくなったまぶたを見つめ、唇にもう一度深く口付ける。
 黒い目が少しためらうように、清らかなアメジストの瞳を捉えた。彼は、何とか優しく微笑みかけようと努力しているらしかった。

「すぐに結婚式を挙げよう。ロンドンに戻り次第、告示を出して……」
「……いいえ、それには及びませんわ。わたしは結婚いたしませんから」

 彼がいつもの『アシュバートン侯爵』に戻ったようなのでほっとしながら、ローレルはようやく口を開き、淡々と答えた。
 だが、その答えはジェフリーを当惑させたようだった。「何だと?」と、はじかれたように彼は彼女の顔を上げさせ、覗き込んだ。

「馬鹿なことを言うんじゃない。もう他に選択肢などないんだ。今や君は、わたしと結婚するしかなくなったんだよ!」
「……そんなことはないと思いますわ」

 彼は強張った顔に何とかユーモア交じりの笑みを貼り付けようとしたが、今度は完全に失敗した。荒い息を数回吐き出し、懸命に落ち着こうとする。
「……そうか。まだ怒っているんだな? こんな乱暴なことをしたわたしを……。当然だろうな」
 表情を曇らせたまま、思いの他真剣な目で彼女の瞳を見つめ、半ば独り言のように続ける。
「シルヴィアから、君がボーモントと結婚すると聞かされ、なんとしてもその前に捕まえなければと、必死になって走った……。やっと辿り着いてみたら、君は庭であいつと一緒にいる。あいつの腕に抱かれて……。それで逆上してしまった。結果的に、ほとんど無理やり君の純潔を奪ってしまった……。こんなつもりではなかったんだが……」

 そうだ。一心不乱に後を追いかけている間に、どんどんたまっていった不安や激情、そして言うに言えない欲望と胸が引き裂かれそうな痛み……。
 それらが一緒くたになって、とにかく一刻も早く自分のものにしなければと、その思いしか見えなくなっていたようだ。結果、正式な求婚も結婚式の回りくどい手順も何もかもすっ飛ばして、一足飛びに自分のものにしてしまった。バージンだった彼女を傷つけてしまったことは間違いない。
 彼女が怒っているのも理解はできる。だが、今となっては彼女に、他の選択肢など論外だった。それだけは絶対に譲るつもりはない。侯爵は高飛車にそれをわからせようとした。

「とにかく! こうなった以上、君はわたしの妻になるしかないんだ。他にどうやって君の名誉を守る方法がある?」




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14/5/26 更新