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 荘重なオルガンの音に合わせて、祭壇の前で待ち受ける新郎の前に、父の代理であるフイッツロイ伯爵に手を取られ歩いていく間、ローレルは夢の中を歩いているような現実味がない感じがしていた。
 いよいよ式が始まり、主教の言葉に侯爵が低く答え、自分も機械的に応じると、彼の手が自分の左手の薬指に金の指輪をはめた。ベールがあげられ、侯爵の何を考えているのか読み取れない目が、自分をじっと見つめているのが見える。
 こんな結婚、間違っているわ……。
 この三週間、心の中でそう叫びながらも、早過ぎる周囲の流れに逆らえないまま、ここまで来てしまった。そして今自分はついに、レディ・アシュバートンになろうとしている……。
「お二人を、神の前に夫婦として認めます」
 厳かな宣言とともにオルガンの音がいっそう高らかに鳴り響き、式は終わった。 隣に立つ夫となった男性の腕に手をかけ、強張った笑みを浮かべて寄り添ったまま聖堂から出る。居並ぶ高貴な人々からの祝福の言葉や拍手、花びらが撒かれる中、外に出ると雲間から差し込むまぶしい日差しが一瞬目を射た。
 周囲に向かって儀礼的に微笑みながら、ローレルは侯爵の視線を強く意識していた。


「アシュバートン侯爵夫人、お目にかかれて嬉しいです、ぜひ後で一曲お相手を」
「なんてチャーミングな奥様でしょう! 侯爵様、こんなかわいい方を今までどこに隠しておられたの?」

 豪華なホテルに会場を移し、午餐会が続いていた。やっと純白のウェディングドレスを脱ぐとほっとする。次はクリーム色のサテンのドレスに着替え、こちらもイブニングコートに着替えた夫に手を取られ出て行った。
 会場では、集まった貴族や貴婦人達の誰かが、ひっきりなしに目の前に立っては、彼女に紹介してほしがった。これまでだったら、自分は壁の華、誰も相手にしなかっただろうに、あまりの待遇の違いにとまどってしまう。ローレルは礼儀正しい笑みを浮かべて、できるだけ丁寧に当たり障りのない受け答えをしていた。

 ふと、自分を品定めするような、よそよそしい視線にぶつかった。ローレルと目が合うや、その立派な貴婦人達は重々しい態度で近づいてきた。華やかな装いとは裏腹に、まるで葬礼に臨む一団といった趣きだ。先頭の貴婦人の面差しがジェフリーに似ている? そう気付いてはっとする。
「はじめまして、レディ・アシュバートン。ローレルとおっしゃったわね。わたくしはジェフリーの姉のユージェニー・セントジョンです。そして、こちらは伯母上や叔父上達ですわ」
「お義姉様、はじめまして……」
 侯爵家の親族とは今初めて顔を合わせた。どう見ても歓迎されている様子ではない。だから彼も今まで引き合わせなかったのだろう。つつましく挨拶を返しながら、何だか一層憂鬱になってきた。ジェフリーもジェフリーだ。もっと早く紹介してくれればよかったのに……。そう思ったとき、夫のゆったりした声がかかる。
「これは姉上に伯母上方。妻の紹介は明日の晩餐の席で、改めてゆっくりさせていただこうと思っていたんですよ。今はこの顔合わせだけで、引き下がっていただけませんかね。ただでさえ緊張している若い花嫁を、これ以上緊張させたくないのでね」 
 わかったと言うように、彼らが二人に儀礼的なキスをして行ってしまうと、ローレルは困惑したように侯爵を見た。
「どうして、もっと早く皆様に紹介してくださらなかったんです? 皆様のお顔では、どう見てもこの結婚には賛成しかねるご様子でしたわ」
 余裕の笑みを浮かべて、彼は花嫁の頬に軽くキスした。だがその目には、早くも暗い情熱が火花を散らせていて、どきりとする。
「そうだろうね。だが、君の夫であるわたしには、彼らを抑える力があるのさ。何も心配することはない。おいで」
「やっぱり……。ですから」
 ため息混じりにつぶやきかけたとき、また別の貴族に紹介され、慌てて再び微笑をつくろうと片手を差し伸べる。その後も来客の紳士や彼の叔父上達と踊ったり、会食を食べたり……。
 パーティはいつまでも終わらないのではないかと思えた。夜も更ける頃には疲れ果て、応える声もか細くなっていた。侯爵はといえば、カクテルグラスを手に悠然と場内を見渡していたが、よろめきかけた彼女の足元を見て背後から近づくと、曲が終わるや相手の男の手から彼女の手を取り上げた。
「失礼、家内も少し疲れたようですので、わたし達はこれで失礼しますよ。あとはお好きなように」


◇◆◇  ◇◆◇


 ホテルの立派なお仕着せ姿の従業員達が整列して見守る中、侯爵に手を取られてホテルの赤いじゅうたんの階段を上がっていくのは、かなり勇気が必要だった。二人が案内されたのは、結婚後はじめての夜を過ごすべく準備された、そのホテルの一室だった。
 今日一日の緊張と疲労感で、ローレルはもう疲労困憊していた。一流のホテルだけあって、ロココ風の調度品に囲まれたすばらしく豪華な部屋だった。落ち着いた青いベルベットの天蓋付き四柱式ベッドから極力眼をそらしたまま、立ち尽くす。

 夫も同じく疲れた顔で彼女から離れると、深いため息をつきながら上着を脱いで、シャツのボタンを途中まではずし、腕を捲り上げながら、カウチにどさりと腰を落とした。背もたれにもたれかかり、しばらくじっと目を閉じていたが、やがてテーブルに置かれたバスケットに入ったワインを取り上げ、グラスに注いで彼女に差し出す。
「1785年物の赤ワインだ。そんなところに突っ立っていないで、ここに来て座ったらどうだ?」
 確かに馬鹿みたいに思えたので、そっと彼の隣に座ると、夫の手からグラスを受け取った。
「まったく……。茶番じみた大騒ぎだったな。結婚など、一生に一度でたくさんだ」
 黒髪をかきむしるように唸った彼に、ついくすっと笑うと、彼がおや、と言うようにこちらを見た。慌てて手にしたグラスに口をつける。
「我が花嫁におかれては、ご機嫌はかなり麗しいようだ」
 満足そうに呟いた彼のろれつに、はっとした。そういえば、披露宴でも後半ずっとグラスを手にしていたような気がする。かなり酔いが回っているのかもしれない。
「侯爵様、大分お過ごしになられたようですわ。もうお休みになった方が……」
「『侯爵様』だって? かわいい奥さんから、そんな堅苦しく呼ばれたくはないものだな。これからは、必ずジェフリーと呼ぶんだ。ほら、もう一度言ってごらん」
「ジェフリー……、あの、もうお休みになった方が……」
「ふむ、結構。君の声で名を呼ばれるのは、なかなかいいものだ。もう一度呼んでくれないか」
「……だ、大丈夫ですか? もうワインはおやめになって……」
 彼の手から苦心してグラスを取り上げる間にも、いたずらな手に結い上げていた髪を解かれ、絡み付いてくる指の戯れに、気が気ではなかった。ふと侯爵が手を止め、黙ってローレルを見つめた。その暗い瞳には、今や間違いなく欲望の炎が燃え上がっている。目を奪われた途端、息が止まりそうになった。
 咄嗟に立ち上がろうとしたローレルを、彼はぐいと抱き寄せると、甘い香りのする首筋に顔をうずめてしまった。うなじを軽く噛まれ、そのまま唇が滑るように這い上がってきて、飢えたように唇に襲い掛かる。同時に手がドレスの上から身体の線を辿り、ややもたつきながら薄いドレスを剥ぎ取るように脱がせ始めた。
 ついにコルセットとペチコートまでもどかしげに床に投げ捨てられ、夫の前にストッキングを履いただけのほぼ裸同然で呆然と立ち尽くす他なくなった。そんな彼女の全身を目を細めて見下ろし、そのまま正面を向かせると、味わうように唇が肩から白い胸元へと順に這い下りて、そこここに甘いいたずらを仕掛けてくる。気持とは裏腹に、たちまち張り詰めた敏感な胸の先端を探り当てられると、観念したように目を閉じてしまった。貪欲な唇が存分に味わいながら満足そうに呟いている。
「ここも結構……。やはり君も待っていたんだな」
 そのまま、さらにローレルの前にひざまずくと、唇で腹部からさらに下腹部へとたどり始めたのですっかり狼狽してしまう。
「あ、あの……」
 エロティックな愛撫を止めさせようと彼の肩に手をかけ懸命に抗おうとしたが、もはや無駄な抵抗だった。彼はと言えば、彼女の股間に顔をうずめ、脚の付け根で止めたストッキングのガーターベルトを楽しそうに口で引っ張ったり、さらにその上の女の最も敏感な部分を舌先で掻き分けては、つつくような愛撫を始めている。熱い舌でさぐられ洗われるたび、体がびくびくと震える。何度も背を逸らせてもだえ、とうとう悲鳴のような甲高い声をあげてしまった。
「やめて! お願いです、せめてベッドへ……」
「喜んで」
 ローレルの身体の奥に早くも沸き起こってきた震えを感じ取り、にやりとして立ち上がると、観念したように身を任せた花嫁を抱き上げ、ベッドに乱暴に投げ出した。荒い息をつきながら、もどかしげに自分の衣服を脱ぎ捨てる間も、妻の裸身から目を離さず、ようやく覆いかぶさると、彼女の全身を飢えた様に抱き締めながら、震える唇に情熱的に囁きかける。

「では、レディ・アシュバートン。これこそ我らの新床だ。安心したまえ。これからは、どんなに心行くまで時を過ごしても、もう罪にはならないからね」



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patipati
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14/6/3 更新
今回は途中で切るにも切れず(汗)、少し長めですね。
引き続き、よろしくお願いいたします〜☆