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PAGE 8



 夫が戻ってきていた!

 どうすればいいのかわからず、彼を見ないようにしながら、落ち着かない思いでシーツを手繰り寄せた。薄いシルクのナイトガウン一枚きりの姿が、いかにも無防備に思える。

 ふいに彼が自分のローブも脱ぎ捨てると、裸身を露にしてベッドのアビーの傍らに腰を下ろした。そのまま腕に彼女の体を引き寄せる。ぴったりと寄り添ったたくましい胸板と、不規則に脈打つ彼の鼓動を感じると、慌てて体をひねって逃がれようとした。だがその結果は、一層きつく抱き寄せられただけだった。

「どうした……?」
 ディミトリスは怪訝な顔でアビーを見た。それから、彼女の左手を取りあげ、昼間交わした誓いの言葉を思い出させるように、金の指輪をはめた指に口付ける。
「緊張しているのかな? なら、何も心配することはない。君はただ僕に全てを任せていればいいんだ」
「あの、少し待って……、話を……」
「僕らはすでに結婚したんだ。この上、何を話す必要がある?」

 荒い息遣いとともに、苛立ったように耳元で囁く。そのまま彼の指がアビーの胸のやわらかさを貪欲に味わい始めた。髪を留めていたクリップが床に投げ捨てられると、さらりと背中に流れた金髪をかきわけ、滑らかな首筋に軽く歯をたてる。
 アビーはぶるぶると震え始めた。このままでは、まるで勝ち取った戦利品を物にするように、ただ奪い取られてしまうだろう。わたしの意思など関係なく、何も残らないほど徹底的に……。

「嫌よ! お願い、やめて!」
 恐れがアビーの中で強い抵抗心に変わった。それが言葉となってほとばしると、彼は愛撫の手を止め、驚いたように彼女の顔を覗き込んできた。
「今、何と言った?」
 間近にある精悍な顔が激しい欲望に強張っているのがわかる。それでもアビーは弱々しく息をつきながら、懸命に訴えた。
「お願い……。わたし達、このまま、形式的な結婚でいてはいけない?」

 アイスブルーの目が怒ったように細められた。突然、乱暴にベッドに組み敷かれ、小さく悲鳴を上げてしまう。だが、彼はお構いなしに片手に力を込めるとアビーのナイトドレスを力任せに引き裂いた。
 薄い布地が裂ける音に息を呑んだとき、露になった豊かな胸が彼の手のひらに包み込まれる。
 体にまつわりつくシルクの残骸も全て取り去られ、床に投げ捨てられると、白い裸身を捧げ物のようにただ横たえているしかなくなった。
   彼の手は滑らかな肌を這い、懸命に閉じようとする膝の間に力づくで割り込んで来る。男の力の前に女は無力だ。アビーがそう実感したとき、これまで誰にも触れられたことのない部分に容赦なく指が差し入れられ、びくん、と目を見開いた。まるで電流が走ったようだ。
 そのまま、敏感な部分に愛撫が始まると、唇から我知らず、おののくような喘ぎがこぼれた。
「嫌、嫌……、もうやめて……」
 頭を左右に振って訴える彼女に、彼が嘲笑するように微笑む。
「君はもう、僕の妻になったんだ」
「でも、お願い……、こんなのは嫌……」

 懇願すればするほど、ディミトリスはアビーのその部分にさらに絶妙な攻撃をしかけてくるようだった。あえぎ、もだえる彼女の反応を測りながら、冷静に見下ろし、時折熱い息吹とともに囁きかけてくる。
「これでもまだ、耐えられないほど苦痛なのかな?」
 否定の言葉とは裏腹に、なすすべもなく反応を引き出され、翻弄される。そんな彼女を面白がるように、彼の指先がなおもゆっくりと、じらすようにリズムを刻み続ける。
「や、やめて……、ああ、お願い、もう……」
 どんなに懇願しても、指はなおも執拗にリズムを刻み続けている。さらに頭を下げてくると、今度は口でほんのり赤味の増した白い肌の甘さを、余すところなく味わい始めた。
 腰が自然に揺れ動き、融けそうな悦びが内芯から呼び覚まされて、黄金の波のように広がっていく。
 それはあまりにも甘美な刺激だった。ただ、もっともっと感じていたいと願わずにはいられないほどに。いつしか抵抗も忘れ、両手で彼の肩にすがりついていた。意識と感覚の全てが彼の動きを感じ取ろうと夢中になっている。
 彼も次第に吐く息が荒く不規則になっていた。やがてアビーの身体ががくがくと震え出すと、両足をさらに押し開かれ、深い吐息とともに彼が中に入ってくる。

 そのときが限界だった。全身が粉々になったような衝撃を受け、必死に伸ばした手で彼の背中にすがりつくと、夢中になって爪を立てる。
 だが、それでもまだ終わりではなかった。彼がうがつようにしてなおも体を進めてくると、痛みが一層加わり息が止まりそうになった。目に涙を浮かべてこらえているのがやっとだった。
 ついに彼女の最奥まで収めきってしまうと、彼は身体を起こし、略奪した花嫁を誇らしげに腕に抱きかかえた。涙に濡れた顔を上げさせ、慰労するように唇でアビーの頬の涙をぬぐってくれる。
 それから、ぐったりした彼女の身体を持ち上げるように抱えたまま、優しく揺り動かし始めた。
「あっ……」
 その新たな動きに、彼女が再び目を見張り緊張した。だが、引きつれるような痛みが薄らぐにつれ、信じられないほどの甘い快感が一つになった部分から融け出してくるようで、痛みに似た悦びが幾重にも溢れてくる。
 突き上げられ、再びたまらなくなってアビーが声をあげたとき、内側に激しい収縮が起こった。ディミトリスもたまらないと云うように背中をそらせ、短く吼えるような声とともに全身をこわばらせている。
 やがて、ディミトリスがゆっくりと身動きした。己れの所有を誇るように、腕の中で力を失った細い身体をしっかりと抱き締める。
 だが、アビーにはもう、何もわからなくなっていた……。


*** *** ***


 朝の白い光の中で、気がつくとアビーは一人でベッドに横たわっていた。何も身に着けていないことに気が付き、はっとする。
 昨夜の記憶が一度によみがえってきた。初めての、あまりにも熱く激しかった営み……。今も体のそこここに甘い痛みと疼きが残っている。
 クールなディミトリスが、あんな風になるなんて……。だが、それ以上に自分自身が狂ったように、彼の愛撫に応えたことを思い出すと、耐え難いほど恥ずかしさがこみ上げてきた。思わず再び枕に顔をうずめてしまう。
 寝室に夫の姿は見えなかった。しばらくぼんやりと横たわっていたアビーもようやく体を起こすと、シャワールームに入っていった。体に残る彼の痕跡をぬぐい去ろうとするように、ごしごしこすってみる。
 今からどうすればいいのだろう……。そんなことを考えながら、タオルを頭に巻き、バスローブをつけただけの姿で出ていくと、笑いを帯びた低い声に迎えられた。

「おはよう、ミセス・クリスタコス。昨夜の運動の後では、もっとお疲れかと思っていたが」
 グレーのカッターシャツと、チャコールグレーのスラックスにジャケットを着けた彼を見て、アビーは慌ててバスローブを両手でしっかりとかき合わせた。

「急いで着替えます、出て行ってください!」
 だが、彼はにやりと笑って、そのまま近づいてきた。
「夫が妻の着替えを手伝ってはいけない、という決まりはどこにもないな」
「け、結構ですから!」
 バスローブの襟元を合わせたまま抵抗したが、こわばっている体ごと強引に引き寄せられてしまった。謎めいたアイスブルーの瞳が懸命に睨み返す瞳をじっと見詰め、すぐに唇が降りてくる。
 昨夜の熱い営みを嫌でも思い出させるような濃密なキスだった。強引に割り入ってくる舌に、絶対に反応するまいと頑なに目を閉じていると、やがて苛立ったように顔が離れた。
 次の瞬間、彼の手が乱暴にローブの前をはだけたので、また小さく悲鳴を上げてしまう。視線が白い裸身をくまなく這い回った。

「隠す必要はない。君の体のことは、もう隅々までわかっているさ。時間があれば、今すぐ君にもたっぷりそれを思い出させてやるところだが……。残念ながら、夜までお預けだな」

 そう言いながら、彼は唐突にアビーを離すと、クローゼットから新しい服を取り出し、彼女の前にほうり投げた。
「母が館で待っているんだ。チェックアウトの準備をして待っていてくれ。ランチの後、島に向かう。母も一緒にね」
「お義母様?」
「せっかくの機会だから、久し振りに少し島に立ち寄りたいそうだ」

 聞くなり、アビーの気分はさらに重くなった。だが、もとより賛否を述べられる立場ではない。夫の決定にはただ従うしかないのだ。
 案の定、沈黙した彼女にそれ以上議論の余地も与えず、彼は寝室から出て行った。

 彼の姿が続き部屋に消えたとたん、その場にへたりこんでしまう。

 わたしの意志なんか、全くお構いなしなのね……。

 だが、そんなことは当たり前だ。所詮、自分はお金と引き換えの花嫁に過ぎないのだから……。



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12/10/06 更新