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かっとして、わたしは激しく言い返した。本当に、そうできればどんなにいいか!
「何が問題なんだ?」
「お、お父さんが、今どれだけ……お金のことで苦労してるとか、悩んでるか、とか……」
また涙がこぼれ出した。目を細めた樹さんの前で、しゃくりあげながら、今まで言いたかったけれど誰にも言えなかった本音を、思い切りぶつけた。
「わたしがこの縁談を断ったら、うちの会社はもうどこからも融資を受けられないの! おじいちゃんやお父さんが、今まで一生懸命頑張ってきた会社がつぶれてしまうのよ! 従業員の人達だって職を失う! その後、たくさんの借金はどうすればいいの? わ、わたしが……このお話を受けさえすれば、それが全部食い止められるんだったら、嫌でも何でも、仕方ないじゃない!」
「だからって……、お前がスケープゴートになる必要はないんだ!」
樹さんの声が急に荒々しくなった。彼の両手がさっきより力を込めて、わたしを捉える。
「いたっ、痛い! 離してよ! 樹さんには関係ないでしょ……」
「俺をここまで巻き込んでおいて、そんなセリフ、聞かないからな! 関係ない……? 大ありだろうが!」
そう言い放つと、彼は乱暴にわたしの唇を奪った。
*** *** ***
そのまま、もう一度わたしの唇をこじ開け、怒りと激情の混じったキスが続いた。口の中を荒っぽくまさぐられ、血の味を感じる。泣きそうになったとき、彼がゆっくりと離れていった。
いや! 行かないで!
焦って伸ばした手が大きな掌《たなごころ》に包まれる。そのままきつく抱き締められた。激しく打ちつける心臓の音だけが、耳にやたらと響いてくる。
「美里、俺を見ろ」
促され、恐る恐る見上げると、さっきより優しい眼が見下ろしていた。少し落ち着いた声で問いかけられる。
「……抱かれるの、まだ怖いか?」
「ううん、違うの! そうじゃなくって……」
つっかえつっかえ、正直に打ち明けた。
「こ、怖いのは、一番怖いのは……、樹さんがわたしに……、呆れちゃって、やめてしまうことなの! 本当にわたし、こういうこと何も知らないから……、ごっ、ごめんなさっ」
懸命に謝ろうとしたのに、彼の指で唇をふさがれてしまった。
「そんなこと、もうとっくにわかってる……。余計な心配するな。お前は俺の言うとおりにすればいいから」
「ん……」
「それじゃ、俺に触れてみろよ」
「えっ?」
予想外の展開になった。樹さんが固まっているわたしの手を掴んで、そのままはだけたシャツの胸元へ差し入れていく。焦って引こうとしても、無駄な抵抗だった。
お、男の人の身体って、こんな風なんだ……。
強く押し当てられて、おっかなびっくり探索し始めた。やがて好奇心に導かれ、その見た目よりたくましい身体にちょっと大胆に触れ始める。
男性の胸は、女性と違う部分のひとつ……。その先端に触れ、慌てて手を引っ込めようとしたけれど、続けて、というように彼がもう一度手を添えてぐっと押し当てられた。
情けない顔で見返すと、彼はにやっと笑った。
「もうリタイアする気か? こんなチャンス、二度とないかもしれないぞ? そういつも、俺を好きにできると思うなよ」
好きに……。
その言葉に思わず真っ赤になって目をつぶってしまった。だけど、その時はっと現実を思い出した。
ああ、本当にその通りなんだ。これが最初で最後……。なら、彼の全てをこの手のひらに焼き付けておかなくちゃ。
わたしの手の動きがちょっとだけ大胆になった。彼が目を閉じて小さく身震いしている。こんな下手くそな愛撫でも、少しは感じてくれてるの? そう思うと、どきどきしてくる。
とうとうシャツのボタンを全部はずしてしまい、引き締まったお腹から下腹部にたどり着いた。スラックスの下で彼自身が力強く存在をアピールしているのに気付き、戸惑う。
話には聞いていたけれど、とてもそこまで手を出す勇気はない。動きが止まったことに気付いたように、彼が何かつぶやくと、わたしの手を取り上げた。
ほっとした途端、耳元で楽しそうな声がした。
「じゃ、今度は俺の番な」
ワンテンポ遅れて意味を理解し、ひぇっ! となった時には、わたしの身体はもう彼の腕の中だった。
背中のファスナーが下ろされ、慣れた手が服を手際よく取り去る間も、あらわになっていく場所に、味見するように触れてくる。
まるでわたしの反応を面白がっているようだ。まぁ、どぎまぎしながら固まってばかりいるのでは、遊ばれても仕方ないけど……。
オタオタしているうちに、下着も全て取り去られ、ベッドに横たえられた。今身につけているのは、彼がくれたルビーのペンダントだけ。首筋で細いチェーンがさらりと揺れる。
彼の目に、全てをさらしてるんだ、わたし……。
まだ部屋は明るいまま。目を閉じていても、ちりちりするような視線を感じる。なるべく自然体でいたかったけれど、初心者にはとても無理だった。
もじもじと両手で身体を隠そうとしたとき、ぐっと押さえられた。触れたその身体は、もう何も着けていない。
頬から首筋を指先で撫ぞられ、訳もわからず「や、……いや」と声を立ててしまった。途端にのしかかられて、「何が嫌なんだ? これか?」と、さらに試すように唇が落ちてくる。
びくっとしたわたしの耳に、笑いの滲んだ声がした。
「ずいぶん長いこと待たされたな……。今日はお前が何て言ってもやめない。そんなにこちこちになるなって……。身体の力を抜けよ。お前はただ感じていればいい……」
「それってどういう……、あっ、んっ!」
問い返そうとしたとき、じれったそうにもう一度唇を奪われた。これからの出来事を予測させる、親密でエロティックなキス。舌をからめ取られ強く吸われているうちに、正真正銘の呼吸困難に陥ってくる。
頬を熱くしてあえぐわたしに、満足したように、彼の唇は敏感な首筋へと下りてきた。同時に手のひらで腕から腰、腿からふくらはぎまで、わたしの全身のディティールをゆっくり辿っていく。
凹凸を丹念になぞられながら、わたしはどうすることもできず、かちかちになったまま、手の下のシーツを掴んで震えていた。
心臓が爆発しちゃいそう……。
泣きそうになりながらひたすらきつく目を閉じていると、辺りがふっと暗くなった。無防備に投げ出している身体に彼が覆いかぶさってくる。熱くて滑らかで、女とは確かに違う肌。すっぽりと包み込まれた時、そそり立ったモノがわたしの脚の付け根にぐいと当たった。
ああ、もう……。どうしたらいいんだろう。
泣きたくなって、ぱっと目を開くと、かすかな光の中でわたしの表情を覗き込んでいる目にぶつかった。情熱に煙った、わたしのすべてを受け入れて包んでくれる眼差し……。
「俺を感じる?」
照れるでもなく、むしろもっと強く押し付けながら冗談みたいに囁かれる。返事に困っていると、いじわるな指が胸の先端をきゅっとつまみ上げた。きゃっ! と振り仰いだ顔を、彼が笑って捕まえる。
「お前も感じるだろ……? おんなじさ。美里、俺の背中に腕を回して、そう……」
うながされるまま、わたしは夢中で大きな体を抱き締めた。樹さんと、今、お互いにすべてを晒《さら》し合って、しっかりと抱き合っている。
まるで奇跡みたいだ。この瞬間を、わたしは一生忘れない……。
本当に死んでもいいくらい幸せだった。
「少しは慣れてきた?」
肩やうなじに軽いキスを落としながら、樹さんが声をかけてくれる。
これに『慣れる』なんて、できるの? と逆に聞きたくなった。でも、何の声も出ない。やっと呼吸機能が回復しても、大きく息をつくのが精一杯だった。
そんなわたしに、彼はまた笑って、もう一度胸元に目を向けた。触れてほしいと誘うように、先端が硬く大きく膨らんでくる。
「ちょ、ちょっと……待って!」
焦って声をあげたわたしを、彼は身体で抑え込んた。
「もう、待たない。待つのもやめるって言ったよな?」
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12/12/21 更新
あまりあとがきはないのですが、少し…ブログ にて