PAGE 8
それ以上反論を許さず、彼はわたしの胸の先端を口に含むと、舌先で濡らし、軽く噛んでは吸い上げ始めた。
たちまちしびれるような甘い痛みに襲われる。やわらかな枕の上で頭を左右に振ったり反り返ったりして、もたらされる快感に何度もあえいだ。
離れては、またかぶさってくる頭を夢中で抱き締め、髪に指を絡ませる。
彼の手がゆっくりと腹部を滑り降りて、さっきからどうしようもなく濡れていたわたしの中心に触れた。途端に、電流が流れたような強い刺激が走った。
びくんと震え、慌てて脚を閉じようとしたけれど、すでに彼の膝が片方割り込んでいて、閉じることもできない。耳元でまた、笑いを抑えた声がした。
「無駄な抵抗してないで、思いっきり感じてみろよ」
ぎゅっと目を閉じたまま、うなずいて目の前の肩にすがりついた。その後わたしは、彼の指にかき鳴らされる弦楽器のようになった。何度もしなっては、絶え間なく声を上げ続ける。
朦朧《もうろう》とした意識の中、今の全てが鮮やか過ぎる夢のように思えてくる。
彼が敏感な場所に触れたり、キスするたびに、わたしは喜んで降伏し、自分を差し出した。その甘い悦びを拒む理由は何もなかった。初めて知る扇情的な刺激に溺れ、全神経で、彼の唇と指先がもたらす悦びを感じていく。
何だか、樹さんの息も上がってる……? そう思ったとき、今まで戯れていた指が一本、わたしの内側まで滑り込んできて、びくっと目を見開いた。
「少し……我慢しろよ」
囁きとともに指が動き出すと、ほぼ同時に痛みがあった。思わず枕から頭を上げて、起き上がろうとしたほど。
再び身体を押さえ込まれ、曲げた両脚がだんだん突っ張ってくる。わたしの意志とは関係なく、その場所自身が懸命に侵入を拒んで抵抗していた。話に聞いたとおり、とても痛い……。
指がわたしの中を慣らす様に少しずつ進んで来る間、わたしは恥ずかしさと痛みをこらえてじっとしていた。ぎゅっと閉じた目に涙がたまってくる。もう限界……。
「や! もうやだっ、お願い……」
どこまでも深く入ろうとする彼を止めたくて、とうとう甲高い声をあげてしまった。そのとき、返事とも言えないかすれ声がして、はっとする。
こんな声、初めて聞いた。完全にぎりぎりになっているみたいだ。かすんだ目を開くと、目の前の樹さんの額から汗が噴出している。わたしはそっと手のひらで汗の雫を拭い取った。
彼の熱い眼差しがわたしを捉えた。ようやく指が引き抜かれ、ご褒美みたいにもう一度抱き締められ、熱いキスが落ちてくる。
ああ、今、最高に幸せだ……。
このまま死んでもいいくらい。
そう伝えたくて、一生懸命にキスを返した。けれど行為はまだ続いていた。
「中に入るからな……、多分、さっきよりきついぞ」
わたしの手をぐっと握り締めて囁きながら、装着した彼が少しずつ身を沈めてくる。
さっきとは比べられないくらい押し広げられ、とうとうすすり泣いた。それでも入って来る彼を懸命に受け入れる。
ああ、一つになるって、本当だね……。
引き裂かれるような痛みがやっと和らいだとき、わたしはそんなことを思っていた。今二人は完全に一つだ。
この強烈な感覚……。すご過ぎて圧倒される。けれどまだ、終わりじゃなかった。
とてもゆっくりと彼が動き始めた。わたしを気遣うように優しく、完全に所有するように力に満ちて……。
促され、彼の腰に両脚を巻きつけると、幾度も繰り返される力強いリズムに身を委ねた。百パーセント支配されながら、身体の奥に彼をしっかりと刻み込む。
これから何年経っても、絶対に忘れないように……。
ふいに、わたしの身体の奥底でうごめいていた何かが、信じられないほどの白熱の塊になって喉元まで押し寄せてきた。
これは何……? 驚く暇もなく、本能的な叫び声を上げてしまう。火の玉はなおも膨張し続け、わたしは何もかも忘れて弓なりにのけぞった。
意識が遠のく間際、彼が愛おしむように、抱き寄せてくれたような気がした……。
*** *** ***
身体の奥がひりひりしてる……。
目を覚ましたとき、辺りはうす暗かった。今何時だろう?
間近に樹さんのぬくもりと息遣いを感じた。まだ二人とも裸だった。あのまま眠ってしまったらしい。
わたしをしっかりと抱いたまま、彼は軽い寝息を立てている。起こさないよう、そっと頭をめぐらせ寝顔を眺めた。
思ったより長いまつげ。前髪がくしゃっとなっているのも、顔半分、枕に埋もれているのも、全部覚えておきたい。
見つめているうちに、奇妙な痛みがせまってきた。わたしってなんて欲張りなんだろう。たった今もらったばかりなのに、もっともっと欲しくなるなんて……。
でも、勘違いしちゃ駄目……。
激しい気持に流されそうになって、必死に自分に言い聞かせた。
彼は、わたしに同情して抱いてくれただけ……。
わたしの気持なんて、彼はずっとお見通しだったんだから。
今、大人になったから、やっと応えてくれたの。彼に愛されてる……なんて、錯覚しちゃ駄目!
そして……、これ以上まとわりついて、迷惑をかけることも……。
そっと腕の中から出ようとしたとき、彼が目をしばたかせた。ぎくっとしたのを隠して微笑みかけると、眠そうな声がつぶやく。
「何だよ、起きたのか……? もう少し休めよ。朝になったら送ってくから」
「うん、お休みなさい……」
素
直にうなずくと、樹さんは微笑ってまたすぅっと眠ってしまった。たった今苦労して抜け出した腕に、もう一度閉じ込められてしまったことに気付き、苦笑する。
それじゃ、もうちょっとだけ……。
神様の贈り物のようなプラスαの時間、彼の寝顔をたっぷりと網膜に焼き付けてから、細心の注意を払ってベッドを抜け出した。
静かに身支度を整え、最後に首からルビーのペンダントをはずすと、思いを込めてそっとキスし、目に付くテーブルに置いた。
無事に部屋から出たあとは、もう振り返らずに急ぎ足でホテルを出る。
朝になって、気まずく言葉を探しながらお別れ、なんて絶対に嫌。せっかくの夜が台無しになってしまうもの。
今、黙って立ち去るのが一番いい……。
外に出ると、ビルの間から冴え冴えと夜明けの光が差していた。少し目に染みる……。
ホテルの前でタクシーを拾うと、家に帰る道すがら、伝言みたいメールした。
“とても素敵な夜でした。そして、今まで本当にありがとう!
樹さんのこと、きっと、ずっと大好きです。”
変な文……。くすっと笑って携帯をしまうと、わたしは小さく吐息をついた。
これでもう、思い残すことはないから……。
*** *** ***
もちろん、樹さんからは何の返信も連絡もなかった。
心のどこかで、まだ少し何かを期待していた自分の浅はかさを思い知らされ、笑ってしまう。
夢の一夜が終わると、後は結納の日を待つばかりになった。向こうに指輪のサイズを伝え、会場となる料亭が決まり、周りで準備がどんどん整っていく。
わたしは完全にあきらめの心境で、その日を待っていた。
結納が、いよいよ明日に迫った日……。
わたしは大学へ行く気にもなれず、自室に閉じこもったまま、ぼんやりしていた。
あれから考えるのは樹さんのことばかりだった。会いたくて会いたくてたまらない。
一人で居ると、あの夜の彼の言葉、眼差し、たくさんのキスが鮮やかに蘇ってきて、その度に、激しく頭を振っては懸命に幻を追い払おうとした。
とても惨めだった。彼から連絡は全く来ない。携帯を一日に何十回も眺めては、もう終わったことなんだ、と思い知らされるばかりだった……。
----------------------------------------------------------
12/12/24 更新