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 成田空港へのアクセスなら、スカイライナーが一番よね……。
 メトロの駅に降り立ったわたしは、階段を駆け下りてホームに立つと、スマートフォンに表示された時間を見た。国際空港に行く用なんか滅多にないから、よくわからない。

 こういうときに限って、電車が今出たばかりだったりする。やっと来た次の車両に乗り込むと、わたしは焦りながらまた携帯に目を落とした。
 一通の未読メールがあることに気付き、はっとする。
 もしかして、翔君……? 息を詰めて開いてみると……。

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 沙夜、俺。

 本社から連絡が入って、今日中に、どうしても向こうに戻らなきゃいけなくなった。
 ゆっくり話す時間、全然なかったな。
 もう少し時間があれば、お前のこと、本気で落とせたかもしれないのに。
 残念だけど仕方ない。
 俺の方から、もっと動けばよかったのかもしれない。少し後悔もある。
 けど、それじゃ前と同じ。一方的に俺の気持の押し付けになるだろ?
 今度は、沙夜が自分で選んで、俺の所に来て欲しかったんだ。
 だから、昨日は本当に嬉しかった。
 なんか、最後はとんでもない展開になったけどな。
 あの後、大丈夫だったか?
 あんなことになるなら、のんびり話してないで、もう一回だけ、お前をしっかり抱いておけばよかった。

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 ちょっと! お、『お前』って何よ! いきなり生意気言ってくれるじゃない……。

 読みながら、訳もなく甘い気持になるのを抑えて、心の中で叫んだ。
 わたしをそんなふうに呼んでいた、高校生だった翔平の顔が浮かんでくる。
 それにしても……。それじゃ、あれでも彼なりにわたしを気遣って、遠慮してたってこと?
 馬鹿ね……、翔平。ほんとに馬鹿……。

 泣きそうになって、腹が立って、それからまた泣きたくなる。でも、涙で文字が読めなくなると困るので、一生懸命我慢した。
 ふと、動く人の気配で乗換駅に着いたことに気付き、慌てて降りる。無事スカイライナーに乗ると、これで間に合うように辿り着けるとほっとした。
 そのとき、メッセンジャーから、突然翔平が顔を出した。わっ、いつの間に!
『来てるか?』と彼から一言コメント。
『行ってるわよ、あと少しだから!』
 ソク返信すると、OK、と微笑みアイコンが返ってきた。まったくね……。思わず目を閉じて、荒い息を継ぐ。
 メールには、まだ続きがあった。

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 それから、弟としても、これだけは忠告。
 ゼッタイに、無理して好きでもない奴と結婚なんかするなよ! いいな!
 あと、話しそびれたけど、もし昨夜の結果で何かあれば、すぐに連絡してくれ。
 俺のNYの住所と電話、それとプライベート用メアドをお前の携帯に入れておいたから。

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 確認すると、確かに入っている。スパムみたいに英語でずらずらと……。

 何よ、何よ! この『弟として忠告』って……。
 まったく、カッコつけてくれちゃって!
 第一『昨夜の結果』って、どういう意味……?

 そこで、どきっとする。
 もしかして、妊娠してたら、っていうこと……?

 今まで、それどころじゃなくて考えもしなかったけれど、遅ればせながらその可能性に気付き、思わずお腹に手を当ててみる。顔がかーっと熱くなった。
 ああ、もう……。まったく、いい度胸してるじゃない!

 彼の一言一言に心の中で息巻きながら、わたしは夢中で読んでいった。
 けれど、最後まできた時、とうとう涙が溢れて止まらなくなってしまう……。

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 今日も、例のおっさんに会うのか?
 もし抜けられそうなら、空港に来てくれると嬉しい。
 pm3時がリミットだ。
 それまで、第二ターミナルの出発ロビー、Dカウンター付近で待ってる。

 PS
   言い忘れたので最後に。でも日本語ではやっぱり言い(書き)にくいので、英語で。

 Saya, Loving you!   from your Syohei

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 な、何よ、何よー!
 見てなさい、これで済むと思ったら、大間違いなんだから……!
 とにかく、会わなきゃ。絶対に。
 大丈夫。今度こそ、あの子をちゃんと捕まえるんだから!

 だから、どうぞ、どうぞ、無事に会えますように……。
 わたしは両手で携帯を握り締め、一分おきに時間を確認し続けた。



 ようやく空港の指定されたターミナルに到着すると、わたし出発ロビー目指し、まっしぐらに駆け出した。
 日曜日の午後のせいか、結構混雑している。インフォメーションで尋ね、きょろきょろ見まわしては、とにかくDカウンターを目指した。

 ふいに斜め前方のベンチから、スーツ姿の背の高い男性が立ち上がった。はっとその場に立ち止まる。
 翔平が、めったに見せない優しい笑みを浮かべて、こちらに近付いてくるのが見えた。

 わたしがしっかりと握っている携帯に、すぐに気付いたようだ。笑顔がさらにまぶしくなり、思わずたじろいでしまう。ただでさえ、今日はビジネスマンっぽいネイビー・スーツのせいで、別人みたいに見えるのに……。 

「きっ、来たわよ……」
 ぜいぜいとまだ息を切らせながら、やっとこれだけ言った。目の前の顔が、ひどく憎らしくもあり、愛おしくもある。
「うん、サンキュ」
 彼は、目を細めて視線をまた携帯に移した。
「で? それ見てくれたってことで」
「みっ、見たけど……」
「来てくれたってことは、OKと思っていいんだな?」

 うっ! とわたしは答えに詰まった。
 OKって、OKって……、もしOKだったら、どうだって言うのよー?
 あと一時間か二時間後には、飛行機に乗って大空の彼方に飛び去ってしまうくせにー!

 そう叫びたかったのに、言葉が出なかった。代わりに、また目に涙が膨らんでくる。
 ああ、この生意気な弟に無事に会えたら、言ってやりたいことは山ほどあったのに、いざ目の前にすると何も出てこない。
 我慢しきれず、ぼろぽろと泣き出したわたしの頬に、そっと長い指先が触れた。
「おい、泣くなよ、こんな所で……」
 少し焦ったようにつぶやいた声は、今まで聞いた中で一番優しく響いた。

 そのとき、急にわたしのお腹がグーッと激しく鳴った。
 そういえば、今日は朝からまともに食べてなかったっけ、誰かのせいで……。
 泣き笑いしながら言い訳すると、驚いたように目を丸くした翔平に、すぐさま近くのカフェに引っ張って行かれてしまった。



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16/06/11  更新