〜〜 ニューヨークの冬景色 〜〜


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 しっかりと抱き締められ、わたしも腕を彼の首筋に巻きつけて、深まるキスを情熱で受けとめた。積極的に返すうち、体がどんどん高ぶって息が切れそうになってくる……。
 唐突に、思い切ったように翔平が顔を上げた。彼の息もちょっと荒い。まだ手を離さず、わたしの顔をじっと眺めている。

「なんだか、今朝とずいぶん雰囲気違うんだな。何かいいことでもあった?」
「それは、ひ・み・つ、です」
 明るく返して、回されている彼の腕をぽんと叩いた。
「食事にしよう。ほら、早く着替えてきてよ。今まで待ってたおかげで、わたしもお腹ぺこぺこなんだから」
 まだ不思議そうな顔で、翔平が寝室に消えると、わたしは急いでお味噌汁を火にかけ、お鍋で炊いたご飯をレンジで温めてよそった。
 こっちには炊飯器ってないのかな? また家電屋さんで探してみなくちゃね……。


 その夜は少し照れ混じりの新婚さんみたいな夕食になった。ようやく後片付けを終えると、ソファでテレビを見ている翔平の隣に腰をおろした。そっと彼の肩にもたれてみる。
 いつの間にか、こんなにたくましくなってたんだ。大きくて広い男の肩。もうわたしがもたれかかっても、びくともしない。

 今まで、ごめんね、翔君……。

 小さな声で呟いた。でも、強いてごちゃごちゃ口にはしなかった。翔平が、驚いたようにこちらを見て、うすらとぼけている。
「何だよ、ごめんて……。さっきから、ちょっとおかしくない?」

 ふーん。人が珍しく素直になってるのに、そーいうこと言うわけですか。

 わたしは唐突にテレビを消して立ち上がった。はい? と言う顔で見上げた翔平の腕を引っ張り立たせると、驚いている彼に「ねぇ、しよう! さっきの続き」と、わたしから誘いかける。
 見つめる彼の瞳が、突然色濃くなった。返事も待たず、わたしはまだ黙っている翔平のシャツのボタンを一つずつ外して、誘うように、露わになった胸に顔を埋め、舌を這わせ始める。明るいライトの下で滑らかな胸板を唇でずっとたどっていくうち、彼の心臓が強く脈打ち出すのがわかった。とうとうたまらないと言うようにぶるっと震え、両腕でわたしを拘束するように抱き留めてしまう。

「ちょ、ちょっと待てったら! あのさ、こういうことには一応、心の準備と言うものもあって……」
 あれー、そうでしたっけ? と、わたしはスラックス越しにもう堅くなっている彼を手のひらできゅっと掴んでやった。うっ、と息を呑んだ彼に顔を寄せ、意地悪く囁いてやる。
「そんな言い訳、聞かないわよ。わたしが待ってって、どんなに頼んでも、翔君、いつだって全然聞いてくれないじゃない!」

 今夜は普段と立場が反対だ。慌てている翔平はいつもより数倍可愛くて、愛しい。言われて初めて気付いたように、彼も笑い声を上げた。表情がすっと明るくなっていく。

「それじゃ、せっかくですから、仰せに従うとしますか」
 わざとらしく恭しい礼をすると、そのままわたしを抱き上げた。
「どーしてくれる? 俺今、完全に火がついちまった。もう止まらないから、今夜は覚悟しろよ」
 ニヤッと笑って脅かす様に言いながら、ベッドルームのドアを蹴り開ける。


◇◆◇



 もうっ! 本当に手加減なし、ノンストップなんだから……!!

 大嵐にもまれ続けた挙げ句、粉々になって波間を漂っているような気分だった。
 ようやく現実に立ち戻ったとき、わたしはまだ翔平の腕に抱かれていた。いつの間にか真夜中を過ぎているようだ。
 大きく息をついて身動きすると、翔平がわたしの顔を覗き込んできた。やっと満足したように腕を緩めてくれる。

「なんか今夜の沙夜、本当に一皮むけたみたいだったな。今まで以上に、積極的で感度良好だったし……。あーいうことは、俺でもなかなか考え付かない……、っとっと、はいはい、黙ります、もう言いませんって……」

 脇腹に一発お見舞いされ、不承不承口を閉ざした翔平に、ふふっと微笑みかけると、わたしはゆっくりと彼の顔に手を伸ばした。そのまま汗ばんだ髪を撫でつけ、整った輪郭を確かめるように辿っていく。
 ニューヨークの夜に包まれて、黙って見つめ合ううちに、何だか息苦しくなってきた。冗談めかした彼の表情が、だんだん真剣さを帯びてくる。わたしは観念したように目を閉じると、そっと囁いた。

「翔君、大好きだからね……。今までもずっと……。わたしね。翔君に言おうと思ってたことがあるの……」

 彼がびくりと身じろぎした。無言のまま、先を促す様にわたしの体にかけられた腕に力がこもる。表情を見なくても、緊張が伝わってくる。

「ずっと……、翔君のことも、八年前のあの秋の夜のことも……、早く忘れなくちゃ、って思ってた。でもきっと、心のどこかで、忘れたくなかったんだと思う。だから馬鹿みたいって、余計悔しかったのかもね……。翔君はニューヨークに行ったきり、わたしのことなんか、とっくに忘れてると思ってたから。いつまでも、わたしばっかり翔君を忘れられなくて、囚われて縛られてるなんて、認めたくなかったのかも……」

 長い沈黙があった。彼は詰めていた息をゆっくりと吐き出した。

「……あんたも、かなり酷いよな……」
 やがて、呆れたような、そして心から安堵したような呟きが聞こえた。
「それならそうと、一度でも言ってくれれば、俺だって……。八年も待たずに、もっと早くあんたのこと、さらいに戻ったかもしれないのに……」
「お互い様でしょ。翔君だって、ずっと、何も言ってくれなかったんだから」
「……そりゃ……、特にきっかけがなかったから……」
「だから、やっぱりお互い様」

 くすっと笑って、わたしは体を起こすと、翔平にのしかかるようにして、もう一度優しく口づけた。そのまま背中に両腕が回され、彼の腕の中に閉じ込められてしまう。もう、っと、わたしは悪戯っぽく翔平の額を人差し指でつついた。

「でも、間に合ってよかったね、お互いに……。これからは、ずっと一緒だから」
「ああ、もう二度と離すもんか。たとえあんたが、もうここは嫌だ、日本に帰りたいと言っても、絶対に帰さないからな」
 わかってるよな? と脅すように目を細めた彼に、わたしも舌をちょっと突き出して言い返す。
「そっちこそ、若い子と浮気なんかしたら、絶対許さないんだから!」

 次の瞬間、わたし達は同時にぷっと吹き出した。声をあげて笑いながら、互いの瞳の奥に、情熱とそれ以上に暖かい、確かな絆を感じる。
 それは離れていた間もずっと、切れそうで切れなかった二人を結ぶ糸だった。
 その絆を確かめるように、わたし達はもう一度しっかりと体をつなぎ合わせた。


        〜〜 FIN 〜〜



patipati

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16/07/27  完結
これにてめでたしめでたし、ということで、
本当のハッピーエンドでございます〜〜♪
更新中は御愛読、応援、本当にありがとうございました!!
(今、日本帰省前でばたばたしてますので、ブログはまた後日書きますね〜)