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 行ってみると月明かりの下、彼はベンチでタバコを吹かしていた。ほっとして思わず笑顔になる。

「翔クン、やっぱりここだった……」
 翔平が、あきれたようにこちらを見た。
「どうしたのよ? いつものあんたらしくないじゃない。言いたいことがあるなら、昔みたいに何でも言ってよ」
「お前、馬っ鹿じゃね? こんな夜中の公園に女一人なんて……、襲ってくださいって言ってるようなもんだぜ?」
「翔クンがいるってわかってたもん。あんたの怖い顔みたら、変質者だって逃げてくから大丈夫。それより、これ、成長が止まるから駄目」
 言いながら、指に挟んでいるタバコをつまみ上げて下に落とし、つま先で火を消す。
「……何しに来たんだよ?」

 言葉を濁し逸らそうとした目を、無理やり捉えて正面から見据えた。

「なんか、最近変なんだもん、翔クン。どうしたのかな、と思って」
「お前に俺の気持なんか、絶対わかりっこねーよ。いーから、さっさと帰れよ!」
 きしるような声で言うと、翔平は目を閉じてしまった。
「なら、そのあんたの『気持』、ここで『お姉ちゃん』にだけ、話してみてよ。昔みたいに」

 弟の前に立ちはだかるようにして、わたしは食い下がった。小学生に話しかけるような口調で、にっこり微笑みかける。
 彼がゆっくりと目を開いた。その目がぎらりと異様に光った気がして、はっと黙り込む。

「っくしょー! いつまでもガキ扱いすんな!」
 ふいに乱暴な声があがり、翔平が動いた。
 何がなんだかわからないうちに、わたしは弟の手で、冷たいベンチに押し付けられてしまっていた。


 のしかかってきた翔平の大きな身体は、ひどく緊張していた。それは紛れもなく男の力で、わたしは初めて女の非力さを実感した。
「……俺が怖い?」
 訳もわからず、ただ目を見開いて見上げるわたしを、焼けるような眼差しが捉えた。口元にあざけるような笑みを浮かべて、整った顔が間近に迫ってくる。
「やだ……、翔君、冗談でも行き過ぎっ、何するっ……」
 押しのけようともがきながら言いかけた言葉が、乱暴にかぶさってきた唇にかき消された。わたしの口内を彼の舌が暴れ回る。ついに舌を絡め取られ、きつく吸い上げられて、思わず目を閉じてしまった。

 この子、本気なんだ……! 

 そう悟ったときには、もう遅かった。
 見下ろしたまま、彼の手が荒々しくわたしのジャケットを開き、薄手のセーターをたくし上げる。ブラを押し上げられ、露わにされたふくらみを口に含まれたときには、小さく悲鳴をあげてしまった。
 まるで悪夢のようだった。

 そこにいるのは、よく知っていると思っていた見知らぬ少年だった。絶望的な無力感から、抵抗すらできなくなったわたしを組み敷いたまま、シャツを乱して、好き放題にむさぼっていく。
 スカートもろとも、下着とストッキングが引き裂かれるように取り去られて落ちた。次の瞬間、冷たい外気に剥き出しにされた真芯をいきなり二本の指でまさぐられ、わたしは激しくのけぞった。覆いかぶさっている肩を、闇雲に叩いて叩いて、干上がったのどから懸命に声を上げようとする。

「い、いや! いやよ、翔平! お願い……もうやめ……」
 苦痛を訴えるわたしの唇を、翔平はまた乱暴なキスでふさいだ。こんなの弟じゃない。まるで人が変わったようだ。彼が片手で難なくわたしの両手を束ねて頭上に押さえつけたので、わたしの最後の抵抗も呆気なく封じられてしまった。
 ベンチの上で暴れたせいで、お尻の皮がすりむけ、血が出ているのがわかる。懸命に閉じていた脚を開かれ、彼自身が押し当てられる感触に息を呑む。次の瞬間、ぐっと入ってきた彼にとうとう最奥まで完全に占領されてしまった。

 二本の腕が、身動きできないほどきつくわたしを抱き締める。やがて、ぴったりと抱き合った姿勢から少しだけ離れると、彼は目を閉じ、何かに憑かれたように身体を縦横に揺さぶり始めた。
 行為の間中、わたしは歯を食いしばって何も感じるまいとした。それがそのときできた精一杯の抵抗だった。けれどそんな努力を嘲るように、次第に突き上げてくる奔放な悦びが全身を震わせ、とうとう硬直し爆発する。彼もまた、喉の奥から搾り出すような声をあげて、わたしの中に熱い液体をほとばしらせた。

 すべてが終わった時、息を切らし力なく落ちてきた体を、わたしは全身で受けとめた。
 そうする以外、できることは何もなかった。
 出会ったときは、まだほんの小さかった弟。その弟が、わたしの上で、大人のたくましさと少年のしなやかさの混じった十代の体を震わせながらすすり泣いている。
 まだわたしを、完全に征服したままで……。

 両手を伸ばし、震えている背中を優しく抱き締めた。母親が泣きじゃくる子供をあやすように、わたしはその体をしっかりと捕まえ、無言で抱いていた。

 暗闇に咲いた金木犀の強い香りだけが、あたりに満ちていた。
 完全に途方に暮れた目に、秋の月は、あまりにも静かで遠く映った……。


  ◆◇◆  ◆◇◆


 気が付くと家のすぐ傍まで来ていた。ぼんやり追想していたわたしは、頭を振って現実に立ち返ろうとした。

 もう八年も前の出来事だ。そして幸い、このときわたしはバージンでもなかったし、妊娠もしなかった。だからショックを受けたこと以外、そう大きな被害は無かったと言えるかもしれない。
 現実を持てあましたわたしは、そう思って忘れることにした。
 両親はもちろん、友人達もこの事はいっさい知らない。知っているのは、わたしと翔平だけ。そしてわたしは事の後、肩を落として沈黙している弟に固く口止めした。誰にも言う必要は無いからと……。

 翔平が、自ら希望してアメリカのハイスクールに留学していったのは、それからすぐのことだった。
 家の中で、顔を合わせるたびにぎくしゃくしていたから、遠く離れて暮らすことになり、わたしは内心ほっとした。
 今やシカゴ大を出て、全米でも五指に入る証券会社で、立派にエリートビジネスマンとして成功しつつあるらしい。父にはごくたまに連絡があるそうだけど、わたしには一切なかった。そんな彼が、過去のささいな事故など覚えているはずもない。
 ただわたしだけが、秋になるたびに絡みつく記憶を持て余しながら、何となく立ち止まってしまっている……。

 まったく馬鹿みたい。だから金木犀は嫌いなのよ!

 わたしはため息とともに、勢いよく我が家の玄関を開けた。



patipati

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16/04/21  更新