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 思わず首筋にしがみついた。ぎゅっと目を閉じた途端、強引な唇がまた被さってきた。お前は俺のものだ、と言わんばかりのキスに、何故か涙が出そうになる。

 乱暴に扱われるかと思いきや、ベッドに下ろしてくれた手は意外なほど優しかった。背中のファスナーに手がかかり、露になっていく肩に、背中に、そしていたる所に熱い唇が落ちてくる。わたしの名を呼ぶかすれた声が聞こえ、なおのこと、切なさと愛しさが込み上げてきた。
 ちょっとややこしい下着に、いらついているらしい手に笑って、それを取り去るのに協力した。ベッドは二人で寝ても十分過ぎる広さがあった。滑らかなシーツに裸で横たわることが、こんなにも心地いいなんて知らなかった。明るいライトの下で、翔平がシャツとジーンズを脱ぎ捨て、意外に筋肉質な裸体を晒していくのを、多分うっとりと見つめていた。

 頭の片隅に『常識がない』と嘆く母の顔が、一瞬浮かんで消えていく。

 ううん、もういい……。
 翔平が、あの秋の夜と同じ、説明すらつかない闇雲な激情に突き動かされているだけでも構わない。
 どうせ今夜一晩限り。今この時くらい、自分の殻を破って、身体に渦巻く奔流に身を任せて何がいけないの?
 翔平がわたしを欲しがっているのと同じくらい、わたしも今、翔平が欲しくてたまらないのだから。



 のしかかってきた翔平の重みでベッドがたわんだ。
 彼はうつぶせに横たわったわたしを包み込むように覆いかぶさってくると、うなじに顔を埋めた。深い吐息とともに、そのまま抱き締められる。お尻の双丘にすでに猛っている彼自身が当たり、はっと息を吸い込んだ。翔平が笑って耳元で囁く。
「カチカチになってる。もっとリラックスしろよ。イキナリ後ろからヤッたりしないって」
「あら、そう? それ聞いて安心したわ。この八年で『翔クン』も少しは成長したのね。ちょっと疑っちゃったけど」
「……こいつはきついお言葉だな、『姉さん』」
 冗談で包んだ皮肉で返すと、一瞬言葉に詰まった翔平がクッと苦笑して起き上がった。
 大きな手がわたしの背中からお尻、そして腿からふくらはぎを、ゆっくりと辿っていく。
 これから起こることへの期待感をいやでも高めるような触れ方に、ぞくぞくした。

「あんたの背中って、こんなにきれいだったんだな」
 そんなこと初めて言われた。思わず赤面したくなる。それでも一応年上らしく、落ち着いた素振りで答えた。
「何言ってるの、もっときれいな背中の人なんて、向こうでいっぱい見てきたんでしょ」
「ま、それはそうだけど」
 ああ、墓穴……。思わず、柔らかい枕に顔を埋めてしまった。今まで考えなかったけど、向こうには恋人だって居るのかもしれない。そう言えば、最近の翔平のこと、何も知らないんだ、わたし……。
 そう思うと、どうしてわたし達がこんな風に裸で向き合っているのか、ますますわからなくなってきた。でも、今更やめることなんてできそうにない。

「……で、あんた、何を考えてるわけ?」
 急に黙り込んだわたしの髪を片手で掻き上げ、首筋から肩へ手のひらを滑らせながら、翔平が不思議そうに問いかけてくる。
 聞くなら今しかない。目を閉じたまま、気になっていることをそっと尋ねた。
「ちょっとね……、わたし達、こんなことしててもいいのかなって……。大体、翔君、向こうで付き合ってる女の子、いるんでしょ?」
「……別に、俺が浮気したとか言って、泣き出すような子は誰もいないさ。こう言えば納得してくれる?」
 それじゃ、これは浮気ってこと? まったく、何を考えて……。

 怒って起き上がろうとしたとき、くるっと身体を仰向けにひっくり返された。
 驚いて目を見張ると、いつの間に切り替えたのか、白い壁の柔らかなライトだけがゴージャスな部屋の天井を柔らかく照らしている。
 翔平の熱っぽい視線がわたしの全身をくまなく這っているのを感じた。はっとして、反射的に胸と下腹部を手で覆おうとしたが、すぐに両手でベッドに縫い付けられてしまう。

「隠すなよ。もうとっくに見てるんだ、今更、そんな必要もないだろ? あんたの身体、どんな風だろうって、ずっと思ってた。あの時は暗かったし、俺も全然余裕なかったから」
 な、何を言って……。
 さらに驚いてわたしは彼を見上げた。それにわたしの身体なんか、特別でも何でもない。
「……そ、そんなに見ないで……。あかり全部消してよ!」
 だんだん、恥ずかしくなってくる。だがその訴えも、意地の悪い声に遮断されただけだった。
「もうちょっと後で……。こっちだって、今日までかなり我慢してきたんだからな……。で、あんたの感じるポイントは、ここらへん?」
 ちょっと待って! 真顔で止めようとしたとき、いきなりきわどい所に触れてきた。女のツボをよく心得た指が、敏感な場所を的確に見つけては、焦らすように戯れる。その自信に満ちた動きに何だか翔平の過去の経験を垣間見るようで、妙にしゃくにさわった。
 わたしは混乱した思考のすべてを棚上げすると、目を閉じ、唇を噛んで堪えようとした。けれど、意地とは裏腹に身体は敏感に反応し始める。
 とうとう我慢しきれず声をたてて身をよじると、彼は面白がるように、もっとあちこちついばんでくる。

「言っとくけど、こんなのまだ序の口だから」
 えっ? と目を見開いたわたしに、にやっと笑いかけると、今度は、興奮した胸の先端を口に含み、歯と舌を使って転がし始めた。
 すぐにもっともっととせがむように硬く尖ったそこを、好きなだけ弄ぶ。そうしながら、片手は相変わらずお腹から腰、そしてお尻、腿のあたりを物憂げに撫でている。
 なのに、一番触れて欲しい所には、触れてもくれない……。
 焦らされるうち、我知らず腰が浮いてきた。胸元にかぶさっている意地悪な男の髪をぎゅっと引っ張ると、あっつ、と唸って顔を上げる。
「身体ってさ、大抵言葉よりずっと正直なんだ。それじゃ、そろそろこっちに進む?」
 あんただってそうじゃない。落ち着いてる振りしたって、わかってるんだから……。
 ちらっと目に入った彼自身から、反抗的に顔を背けたとき、わたしの脚が片方、くいっと上に持ち上げられた。そのまま腿の内側の柔らかな肌に唇が押し当てられ、一瞬息が止まりそうになった。けれど、翔平は焦らし方がまだまだ足りない、と言うように、濡れた舌でゆっくりと蝶のように弧を描きながら、幾度も這い戻ってくる。
「どこに触れて欲しい?」
 その場所がもう十二分に潤っているのをよく承知しているくせに、愛撫は一番待ち望んでいるそこをすっ飛ばし、また上に上がってくる。

 意地悪!
   そう声に出したかどうか、もうわからなかった。こんなの拷問。もう耐えられない! わたしはとうとう彼の手を掴むと、自ら導いていった。
「ちょっと焦らしすぎたな……。ごめん」
 意外にも殊勝になる翔平に、別に謝らなくていいから! と心の中で突っ込みながら、目を閉じて完全に委ねる。



patipati

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16/05/16  更新