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 馴れた指先にすぐに核を探り当てられると、鼻にかかった呻きが漏れた。二本の指が器用にそれをころがし始めるや、たちまち甘美な痛みが全身に満ちてくる。
 身体がしなり、絶え間なく声がこぼれ落ちる。指先が刻む細やかな律動を、今や研ぎすまされた感覚すべてで飢えたように受け止め、呑み干そうとやっきになっていた。
 ああ、なんて気持いいんだろう。そう多くもない過去の経験とは比べ物にならないほど素敵だった。だんだん目の奥にまぶしい色とりどりの光が弾け出し、身体の中で熱い塊が膨らんでくる。
 ついに身体が隅々まで目覚めて痙攣し始めると、わたしはたまらなくなってきた。もう少しなのに……。イヤイヤをするように、シーツの上で何度も頭を振る。目の端で、乱れた長い髪が扇情的に踊っている。
 翔平が大きく息を吸い込んだのがわかった。まるで歯を食いしばっているように、顔をしかめている。ベッドの上で身悶えするわたしを、まだ容赦なく攻め立てているけれど、彼もとうに極限まで来ているのを感じ取った。半泣きで手を伸ばし、猛り立っている彼自身を掴むと、とうとう「お願い……」と懇願する。

 まるでそれを待っていたかのようだった。
 次の瞬間、彼はたまらない、とばかりに一声唸ると、わたしの脚を左右に大きく押し開いた。そのまま怒張しきった彼自身を押し当て、ぐっと一息に突き込んで来る。
 まるでよく馴染んだ恋人同士のように、わたし達の身体はぴったりと納まった。やっと一つに結ばれた……。そんな満足感が熱い吐息に変わり、やがて互いを貪るような口付けに取って代わる。
 翔平の動きが、とうとう自制をかなぐり捨てたように荒々しくなった。かすれた声でわたしの名を呼びながら覆いかぶさってくると、あの夜と同じ、全身でわたしを味わうように、きつく激しく抱き締める。わたしも両手で懸命にしがみついた。
 何度も舌を絡め合い、息が切れるまで深いキスを交わしてから、ようやく翔平は動き始めた。最初はじっくりと味わうように、それからわたしの脚を腰に巻きつかせ、激情に任せて突いて突いて突きまくる。
 目の前で金色の光が跳ねた。クライマックスが急速に近付いてくる。荒い息をつきながら、翔平がかすれた声で「いいか?」と囁いた。息も絶え絶えに頷くや、腰を抱え上げられ、力いっぱい最奥まで突き上げられる。
 身体の一番底でうごめいていた得体の知れないエネルギーが、その時粉々に砕け散った。わたしは悲鳴を上げてのけぞり、全身を激しく突っ張らせた。
 その刹那、翔平もまた背筋を強張らせ声を上げると、わたしの中に彼自身を熱く解き放った。
 力尽きたように倒れ込んできた汗に濡れた身体を、わたしはしっかりと抱き締めた。

 今は、他の事など何も考えられない。
 ただ泣きたいほど、翔平が愛しくてたまらなかった……。



  ◆◇◆  ◆◇◆



 いつの間にか眠ってしまったようだ……。
 全身がけだるかった。気がつくと、わたしは翔平の滑らかで暖かい胸に寄り添うようにして、多分これが最初で最後かもしれないほど、満ち足りた身体を休ませていた。

「起きたのか? 朝まで寝てるかと思った」
 身じろぎしたわたしに、翔平がゆったりと声をかけてきた。目を開いてもほとんど真っ暗で何も見えない。素肌に触れる馴染みのないシーツの感触と男性の身体のぬくもり、そして息遣いだけが感じられた。深い吐息をつくと、そのまま力強い手に抱き寄せられる。

 たちまち先ほどの出来事が脳裏に蘇り、わたしは言葉もなくその胸に顔を埋めてしまった。
 ああ、とうとうやってしまった。わたし達は今度こそ本当に『姉と弟』ではなくなった。もう言い訳もできないくらいはっきりと。そして今もまだわたし達は、一つのベッドでこうして絡み合っている。

 男と女として、思う存分さっきの行為を楽しんだのは確かだった。そう、あれは割り切った、純粋に大人同士のセックス。そして、わたし達がこれ以上進みようがないことも、はっきりしている。
 戸籍は、昨日も今日も何も変わらない。それに翔平にとっては、この一晩ですべてが変わる、と思える程の事件でもないはずだ。
 この八年の間、わたし達は完全に別々の道を歩いてきた。それが偶然に、今一瞬交差しただけのこと。今夜の出来事も互いの胸の内に秘めて、わたし達はまた別々に人生を歩いていくのだろう。
 それでいいはずだ。なのに、なぜか心がどんどん沈んでいく……。


「黙ったきり、何を考えてるんだ?」
 ふいに枕元の柔らかなライトがつき、わたしは目をしばたかせた。翔平が顔を覗き込んでくる。黒々とした彼の目は満足そうで、落ち着き払っていたけれど、同時に何か考え込んでいるようでもある。
 それにしても……。夢の後には頭の痛い現実がかぶさってくるのが世の常で、それと向き合わないわけにはいかなかった。

「今、何時?」
「まだ真夜中……。一時をちょっと回ったくらいだと思うけど……?」
「あーあ、どうしよ……。思いっきりやっちゃったなぁ」
「何だよ、今更……。後悔してるのか?」
 違う、違う、そうじゃなくって……、とわたしは苦笑しながら手を振った。
「ねぇ、こういうのって無断外泊になると思う? あ、翔君は笑うかもしれないけど、わたしの職場ってほんっとに規則正しくてねー、今まで本当になかったのよ、こういう機会って……。だから……まぁ、いっか」

 一瞬目を丸くした翔平が、呆れたように低く笑い出した。それに釣られるように、わたしも笑った。ほんと、もう笑うしかない。よりによって見合い相手との初デートの日に、他の男……それも戸籍上は弟のベッドに転がり込んでいるんだから。
 さて、帰りがこんなに遅くなった理由を、あの母に何と言い訳しよう。そう考えながら、シーツで体を覆い起き上がった。
「……あんた、ほんとにくそ真面目に生きてきたんだな。今までずっとその調子だった訳? 今いくつだっけ?」
 翔平も身を起こすと、小馬鹿にしたように顔をしかめた。そのまま、もう一度わたしの首筋に顔を埋め、誘惑するようにゆっくりと唇と舌を這わせ始める。同時に片方の手が胸元を探り出し、そのエロティックな感触にわたしはまた溺れそうになった。

 いけない! もう駄目!

 頭の中で警鐘が鳴り響く。これ以上ここに居たら、どんどん溺れて、本当にのっぴきならないことになりそうだ。その前に、早く抜け出した方がいい……。
 わたしは肩の上の彼の頭を軽くこずくと、たしなめるように言った。

「ねぇ、翔君、もうやめよう……。わたし、帰らなくちゃ。こんな一夜限りのお遊び、もうお開きよ。二人ともそろそろ現実に戻る時間よね……」



patipati

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16/05/19  更新