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PAGE 11


 その言葉を聞くなり、アシュラフの顔色が変わった。
 だが、彼は黙ってそのまま取調室を出て行ってしまった。ジェイドも慌てて後を追う。廊下で携帯電話を手にしたアリが彼を待っていた。一緒に外に出ながら、アシュラフが声を潜めて問いかける。
「何かわかったか?」
「はい。屋敷で一人、今朝から姿が見えない使用人が居る、との事でございました」
「なるほど……。盗聴器かと思ったが、そいつの仕業かもしれないな」
 苦く呟いた彼に、アリ・ザイードも頷いて見せる。
「このようなことがありました以上、屋敷内くまなく調べさせておりますが、あるいはその者が将軍と通じていたのやもしれません。身元のしっかりした者ばかりと思っていたのですが、もう一度全員確認して……」
「そいつが共犯なら、とうに行方をくらましているだろうさ」
「しかし……」
「もちろん、全員調べればいい。はっ、まだそんな奴らが潜んでいたとはな……。アメリカと手を組み、我が国を破壊しようとする売国奴だと? どっちがだ!」
 そして、彼はジェイドを振り返って皮肉な表情を見せた。
「君の出現が、どうやら奴らに火をつけてしまったようだ。君が何の関係もないことなど、わかりきっているのにな」
「それは……まだわからないと思うわ。ペンは剣よりも強し、です。合衆国政府だって、近東諸国の動きにはいつも注視していますし」
 警察前の路地で立ち止まり、目を細めて見返した王子に、ジェイドはグリーンの目に強い決意を込めて訴えた。
「アシュラフ、今こそインタビューを。わたし達だけのプライバシーを守れる場所へ、どうか連れて行ってください」
 王子はしばらく黙ったまま、彼女の顔をじっと見つめていた。
「よかろう」

 アリ・ザイードにアラビア語でさらに何か指示すると、そのままアリの乗ってきた車にジェイドとともに乗り込んだ。彼に寄り添うように座ったジェイドは、取材道具の入ったバッグをしっかり両手で握り締めながら、アシュラフを見た。
「今度はどこに行くんです?」
「市内のホテルだ。そこならインターネットも完備している。奴らも盗聴器をしかける暇もないからな」
 彼女の肩に手を回し頬にキスしたアシュラフの顔に、少し笑みが戻ってきた。ようやく緊張を緩めたようにジェイドを眺める。今初めて、彼女がアラブ風のチュニックワンピースを着ていることに気付いたように目を輝かせると、いたずらっぽく微笑んだ。
「我が民族衣装も、なかなか似合うじゃないか」
「アリさんが着替えにくださったんです。でも今は、そんなことを言ってる時じゃないでしょう?」
 咄嗟に抗議するように言い返しながら、ジェイドはまた頬が火照るのを感じていた。


◇◆◇  ◇◆◇


 予想に反し、連れて行かれたのは市街地にあるゴージャスなホテルだった。彼と一緒にチェックインしながら、頭上の金色のシャンデリアと観葉植物や、薔薇のフラワーアレンジメントで溢れるロビーをぽかんと眺める。そんなジェイドを見ながら、アシュラフの瞳がまたからかうように煌く。

「この部屋って、何かの間違いじゃ……?」
 ジェイドは室内に入るなり、またもや呆気に取られたように立ち止まってしまった。

 ボーイが丁重に案内してくれたその部屋は、どう見てもスイートルームのようだ。オーク材のテーブルと二つの革張りのチェア、そしておそろいのオークの鏡台の上に、ワインクーラーと果物の盛られた籠が置かれている。ドリンクバーにテレビ、そしてビジネスデスクの上には確かに、備え付けのデスクトップパソコンもあった。
 ガラスで仕切られた間取りのこちら側が居間、そして向こうには寝室の大きなベッドが見えている。

「君の仕事も十分処理できると思うが。ここでは気に入らないか?」
「そ、そういう問題じゃなくて……」
 驚きのあまり、なんと答えればいいかわからず困っている彼女に、アシュラフが嬉しそうに笑うと、唐突に抱き上げた。
「何をそんなに驚いているんだ? 『プライバシーを守れる場所』と、君が指定したんじゃないか。僕らが今生で、初めて愛し合うのがこの部屋では不満か?」
「なっ! 何をおっしゃってるんですか? わたし、そんなつもりは全然……、お、下ろしてください!」
 彼の言葉に突然心臓が暴走し始め、顔が赤くなるのを感じた。彼の腕から何とか下りようともがいてみたが、おっと、と言うなり、彼はジェイドを一層しっかりと抱えると、歩き出してしまった。その強引さに負け、ついに笑いとも悲鳴ともつかぬ声をあげて彼の首筋にしがみついてしまう。
 寝室に入ると一直線にキングサイズのベッドに向かい、その上に下ろされた。身体が沈みそうな弾力のあるマットの上には、夢見るような手触りのシルクサテンのクッションとシーツがかかっている。誘惑に負けまいと、何とか起き上がろうとした身体も、のしかかるように押さえつけられてしまい、ジェイドは動揺した目を彼に向ける他、何もできなくなった。
「こんな……、こんなつもりじゃなかったのに……」
「君がどんなつもりだろうが、僕はそのつもりだった。リラックスして」
 言葉の間にも、たまらないとばかりに彼女の唇に顔に、そしてそらした首筋に、熱いキスを降り注ぎながら、切れ切れに言う。
「もう一分も待てない。君は僕のものだ、ジェイド・ウォーレン。過去も現在も、そして未来永劫に……。今から二人で、それをたっぷりと確認しよう」
「でも……、しゅ、取材は?」
「ここまで来て、まだそんなことを言うつもりか? それじゃもう何も言えなくしてやろう」

 笑うと口元に白い歯がこぼれた。まだ呆然と見上げているジェイドの前で、彼は着ているシャツを脱ぎ捨てると、鍛えられた浅黒い男の肉体を誇示するように見せつけながら、彼女を見下ろした。まだ何か言いたそうに開きかけた唇も、素早いキスで塞いでしまう。
「君の手で、僕に触れてくれ」
 観念したように脱力したジェイドの手を取り上げ、引き締まった自分の胸に触れさせながら、愛撫を促す。ジェイドがおずおずとそれに従い始めると、その感覚を味わうように目を閉じていた。だがやがて目を開くと、深い吐息と共に彼の動きが荒々しくなる。
 器用な指が当たり前のようにジェイドのチュニックの前をはだけ、敏感でやわらかな肌を唇で飢えたように味わい始めた。もどかしいとばかりに、レースの下着を引き裂くように取り去ってしまい、現れた白い豊かな乳房に目を細める。その柔らかさを試すように指先が触れ、ついで唇と舌先で味見するように果実をついばみ始めると、ジェイドは思わず身を捩じらせ呻き声をあげた。身内に眠っていた激しい熱が、彼の手によって否応なしに呼び覚されていく。

「我が至宝、我が最高の愛よ。待ったぞ、このときを……」

 枕に金髪を夢見るように広げ、とうとうサテンのシーツに一糸まとわぬ身を横たえた彼女の姿を情熱的に見下ろし、王子は低く呟いた。彼を止めることは、もう何を持っても不可能だと、ジェイドも悟った。急くように生まれたままの姿になるや、力づくでのしかかってきて、ジェイドの華奢な全身を浅黒い身体で包み込む。言いかけた言葉も、たちまち飢えた熱い唇に呑み込まれ、容赦なく割り込んできた舌に絡め取られてしまった。

 そう、待っていたわ。何百年もの間、あなたを……。

 彼の切羽詰った愛撫にジェイドの開かれたばかりの感情が応えるより先に、魂の奥深くに潜んでいたもう一人の自分、悲劇の内に死んだ女奴隷の魂が、全霊で彼の抱擁に応じ、全てを喜んで捧げたいと切望しているような気がした。
 二人は飢えて待ちかねたように、目で、唇で、てのひらで、そして持てる感覚の全てで、互いの肉体を味わいはじめた。全身にむさぼるように施される熱いキスに翻弄されながら、自分がようやく戻るべき場所に戻ったような気がしていたし、彼女の中のもう一人の自分も、深く安どの吐息をついているのを感じていた。
 やがて、ジェイドも両手を伸ばすと、もう離さないとばかりに、のしかかったたくましい体を自分から抱き締めていった。そして、彼の熱い身体のそこここに唇を這わせ始める。
 執拗に求め合いながらも、まだ全然足りないとばかりに求めてくる彼の唇と手の動きに応えながら、ジェイドがこれ以上こらえきれないように身体をのけぞらせた。彼の口は、露にされたジェイドの下半身を次々と味わいながら、舌で焼けるような刻印を押し続けている。やがて、限界線が訪れようとしているのが感じられた。
「ああ、お願い……、もうこれ以上……」
 息も絶え絶えに訴える。そんな彼女をじっと見詰めてうなり声を上げると、ようやく再び身体を重ねてきた。激しくそして滑らかな動きで入ってきた彼に一切を占領され尽くしたとき、ジェイドの目から熱い涙が零れ落ちた。
 それが自分の涙なのか、もう一人の彼女が流す涙なのか、よくわからなかった。今わかるのは、ただただ、待ちに待っていた瞬間をついに迎えた、という輝くばかりの歓びだった。高波のような歓喜のうねりが、他の全ての感覚を呑み尽くしながら、押し寄せてくる。
 彼もまた感極まったように満足げな声を上げ、両腕で力いっぱい痛いほど彼女を抱き締めた。そのまま二人は、しばし一つになった悦びを全身で味わい尽くした。強烈に押し寄せてきたエクスタシーの最後の大波にもみくちゃにされながら、ジェイドは彼の腕の中で、悦びの叫びに全身を震わせていた……。


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13/11/20 更新
簡単なあとがきを、ブログにて。