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〜 再会の季節 〜


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 思いつくなり、わたしはスマホを取り出し、まだ入っている彼の番号を探した。コール音が聞こえてくる。
 急に手が震え出した。コール音から一瞬の沈黙……。彼が出た! 向こうも戸惑っているのがありありと伝わってくる。

「もしもし、ゆ、雄介……?」
『もしもし、ってもしかして……深沢……絵里? 絵里か?』

 途切れがちに聞こえる低い声。以前とまるで変わらないその響きを聞くなり、わたしの目からどうしようもなく涙がこぼれ出した。
「う、うん、わたし……。ゴメンね、急に……。びっくりしたでしょ。今部屋? 電話してもよかった?」
『……ああ。どうしたんだよ、急に』
「へへっ、ほんとなんか久し振り……。この前会ったのいつだっけ。元気だった?」
『……元気ですけど。お陰様で』
「それはよかっ……」

 突然、どうして泣けてきたのかわからなかった。でも涙が零れて零れてどうしようもない。とうとう言葉につかえすすり上げて、わたしは慌てて手で口元を押さえた。
 再び沈黙……。スマホを手に眉間にしわを寄せる奴の顔が、目に浮かぶようだ。

『お前、泣いてるわけ?』
「な、泣いてなんか……ない……もん」
『今どこにいるんだよ?』
 じれったそうな声がした。いけない、これじゃちょっとした醜態だ。
「ゴメン、もう切るから。じゃあね」

 言うなり、衝動的に通話を切ってしまった。
 ああ、いったい何やってるんだろう。ティシュで目元をぬぐっていると、スマホが唸った。雄介だ。
 一方的に変な電話して、また一方的に切って。やられたほうはたまらないだろう。きちんと話さなくちゃ。いい大人のくせに、しっかりしろ、自分!
 そう叱咤し、やっと電話に出た。やや鼻にかかるけど、何とか普通に話せるようになっている。

「絵里です。雄介? あの、さっきは……」
『……ったく、途中でいきなり切るな』
 うう、やっぱり。
「ごめんなさい。ほんとに失礼しました。ううん、何でもないの。ただ、突然雄介が懐かしくなって……、声を聞きたくなっただけ」
『……また、眠気も一気にブっ飛ぶことをおっしゃってくださる……。何かあったんだな。今どこ?』
「渋谷駅。ハチ公前だけど」
『お前もしかして、かなり酔ってる?』
「お酒はまだだよ……。でもちょっと酔いたい気分。ねぇ、今からちょっと出てこれない? よかったら一緒に飲もうよ。おごるから」
 聞いているのかいないのか、間髪いれず急いた声が返ってきた。
『とにかくそこで待ってろ! 誰が来てもふらふらついてったりするなよ。二十分以内に行く』
「わたし、そんなタイプじゃないもん……」
 突然偉そうに命令口調になった雄介に、憤慨しかけた途端、通話が切れた。スマホの画面を眺め、わたしは目をぱちくりさせる。

 本当に来てくれるの?

 でもまぁ……、昔のよしみで、ちょっとつき合ってもらえたら嬉しいかも……。

 一人ブツブツ呟きながら、わたしは再び通りに目を移した。急に寒さが消えて、明る過ぎる夜も寂しくなくなっていた。



 やがて一台の紺色の車が近くに止まった。出てきた男性を見てどきりとする。

 雄介だ。

 彼はちょっと焦っているように、しきりに左右を見回している。わたしを探してくれてるんだな。嬉しいくせにすぐには出て行かず、そっと彼を観察した。
 一年振り? 少し髪を伸ばしたんだね。
 そのとき、すぐ傍で三人の女の子達が雄介を見ながら囁き始めた。誰が声をかけるか相談しているようだ。背が高くて割とがっしりした体つきに、顔もイチオウ人並み以上だから、本人に自覚はなくても何気に人目を引いてしまう。
 でも、お生憎様。彼はわたしを迎えに来てくれたのよ。
 少し得意気に歩き出すと、雄介はやっと気が付いたようにまっすぐこちらを見た。

「こんばんは。久し振りだね、雄介。来てくれてありがとう」
 思い切り取って付けた笑みを浮かべて、わたしは急に饒舌になった。
「ゴメンね、急に呼び出しちゃって。でもほんと嬉しい。今夜はわたしのおごりだから、高い目のお店でいいよ。あー、だけど車で来ちゃったんだ。じゃ、どうしよっか?」
 無言のままいきなり彼の手が伸びて、わたしのあごをぐいと持ち上げた。探るような黒い目が容赦なくわたしの表情を捉える。心を見透かされるのが嫌で、どけようとするのにびくともしない。
 結局、思いを隠すため、目を閉じることしかできなかった。ため息とともに、彼の手が離れる。
「……ったく、脅かすな。来いよ」
 雄介は助手席のドアを開くと、まだそこに立ち尽くしているわたしを促した。
「乗れよ。こんなトコに駐車しとけないんだから」
「ど、どこに行くの?」
「そんなの走りながら考える! いいから乗れ!」
 あ、機嫌悪そう……。
「ゴメン。やっぱ迷惑だったよね?」
 もそもそと乗り込んで謝ると、エンジン音と共にぶっきらぼうな言葉が返ってきた。
「急に電話してきて、就寝前の男引っ張り出すような奴が、今更なに遠慮してんだよ? ほら、ベルト」
「えっ、もう寝ちゃうわけ?」
 車の時計をちらっと見て驚きの声を上げる。
「今、バイトで朝早いんだよ。いけませんかね?」
「いえいえ、それは大変健康的なことで」
「遊びまくってるどっかのお嬢さんとは違うんでね」
「へ? それはいったい誰のこと?」

 馬鹿な会話をしているうちに、車は連綿と続くヘッドライトの流れに吸い込まれていた。


 運転する雄介の顔を横目で眺め、わたしは少しにやついた。彼の隣に座るのはいつだってとても安心できた。それは一年以上ぶりでも同じ。何だか心が和み、わたしは肩の力を抜いてシートにもたれかかった。
「で? どうしたんだよ、いったい?」
「ん……、急にお酒飲みたくなったんだけど、今日に限ってみんなダメだって言うのよねー。でも雄介ってばどうして車で来るのよ。飲めないじゃん」
 運転する雄介の体から、コイツ、勝手なことばかり言いやがって、という波動がひしひしと伝わってきた。まずい。今怒らせると路上に放り出されるかも。
「それじゃ、お台場行かない? 久し振りに」
 とっさに思いついた場所を言うと、ちらりと皮肉な目がこちらを見た。
「……そんな定番デートスポット、前は散々コケにしてたくせに」
「これはデートじゃないからいいんです」

 漂う沈黙の中を車のスピードだけが上がっていった。


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14/10/27 更新