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〜 再会の季節 〜


PAGE 4


 雄介はすぐに返事をしなかった……。
 荒い息遣いのまま、少し距離をとるように頭をそらせ、探るようにわたしの顔を見ている。

 これくらいじゃ、まだ押しが足りない?
 それとも、わたしってそんなに魅力ないんだろうか。

 ぽっかり空いた心に突然焦りが生まれた。今、雄介にまで拒絶されたら立ち直れなくなりそうだ。
 思い切って、ジーンズ越しにさっきから撫で続けていた彼の高まりを、手のひら全体で包み込み、キュッと刺激した。

「あっつ!」

 途端に彼は一声唸って顔をゆがめた。そしてわたしを抱いていた腕を解き、彼に絡み付いていたわたしの腕も無理やり引き剥がしてしまった。
 どうして……? 昔はもっときつく抱き締めてくれたじゃない……。
 思いが表れていたのか、彼の顔に嫌な笑いが浮かんだ。

「……ったく、こっちも生身なんだぞ、絵里。今俺に何してるのかわかってないの? それともラブホまで待てないから、ココで今すぐやりたいって意味? 俺をソイツの身代わりにして?」
 かすれた声はとびきり冷たかった。はっと見返したわたしに、さらに容赦なく畳み掛けてくる。
「それにさ、やってることが矛盾してない? 俺に今『彼女』いるってわかってるんだろ? お前さっきから、さんざんそう言ってるじゃないか」

 ……まるで、頬を張り飛ばされたような気がした。


 激しいキスのせいで、わたしはその場のなし崩し的雰囲気にすっかり呑み込まれていた。
 ううん、無意識のうちに呑まれたかったのかもしれない。いつの間にか雄介とのブランクが完全になくなったような錯覚さえ起こしていたようだ。

 夜風が、身体の火照りを覚ますように吹き抜けていく。
 しばらく黙ってその場に立ち尽くしていた。返す言葉もないまま、わたしはまた海に目を向ける。急に寒くなってきた。

「なぁ……お前らしくないことするなよ。それに、いい加減で本当のこと話せば? 今夜何があった?」

「……ゴメン、本当に雄介の言う通り」

 ちょっと間を置いて、わたしは俯きがちに答えた。

「わたしったら、自分がやられてめちゃくちゃ悔しかったくせに、今の雄介の彼女さんに同じことをしようとしてた。ヒッドイ話……」
「やっぱりそうだったのか?」
「うん、図星だった。本当にあなたが言ったまんまよ。あ、でも喧嘩じゃなくてバイバイなんだけどね。わたしさっき男に振られたの。アイツってば、前の彼女さんに『デキちゃった』からどうにもならなくなったんだって。あっはっは、バッカみたい。かーなりうろたえてたわよ。……それにね」
 ひとしきり声をあげて笑ったあと、わたしはようやく振り返った。
「それであなたのこと思い出したって言うのも、大当たり。だってわたしの前カレって一応雄介だもんね。他に気軽にちょっと付き合って、なんて言える人、誰もいないし。だからつい電話しちゃった。……怒ったよね?」

 さすがの彼も、きっと呆れ返っただろうと思った。今すぐ「俺帰るわ」ときびすを返されても仕方がない話をしている。
 けれど彼は爆発もせず、笑いもせず、馬鹿にもしなかった。

 彼の息遣いと体温をすぐ傍に感じ、わたしは少し安心して独り言を続けた。

「ねぇ、わたしってそんなにイケテナイかなぁ? この一年、メイクやコーデまで研究して、結構努力したんだよ。この絵里さんが! なのに……こんなにあっさり振られちゃうんだなぁ。ホントなっさけないの……」

 不意に両肩に手がかかり、雄介がわたしをくるりと振り向かせた。視界がまたぼやけている。ああ、もう。今夜はみっともなく泣いてばっかりだ。男の前で泣くなんて一番性に合わないのに……。
 何か言おうとしている雄介をさえぎるように、わたしは夢中で言葉を継いだ。

 お願い、言うだけ言わせて。まだ気力が残ってるうちに……!

「ねぇ、今日がわたしの誕生日、なんて、もちろん覚えてなかったでしょ? だから、そのお祝い代わりに今夜もうちょっとだけ付き合ってくれると嬉しいなぁ。雄介が行きたいところなら、どこでもいいよ。もちろん男としてじゃなくて、昔の友達としてってことで! それなら、彼女さんに申し開きしなくても大丈夫でしょ?」
 わたしは、ようやく笑顔で彼を見上げることができた。
「ねぇ、ダメ?」
「……ばっかやろ。こっちの気も知らないで、つまんねーゴタクばっか並べやがって」
 雄介は大きく息を吐き出すと、切羽詰まったように早口になった。
「お前って一年経っても、男の気持ってことに関しちゃまるっきり進歩がないのな。この鈍感オンナ! 泣くなってば! くそっ、泣きたいのはこっちだ……」

 荒っぽい仕草で、雄介は有無を言わさずわたしをしっかりと抱き締めると、頬に手をかけ再び強く唇を重ねてきた。
 今度はさっきとは違う、男が女を求める、そんなキスだった。まるで身体の芯をとろけさせるような……。

 ようやく解放されたとき、わたしは「ゆーすけ……」と囁くように彼の名を呼んだ。
 わたしの肩を掴んで軽く揺さぶりながら、雄介はかすれた声で言った。

「いいか、バカ絵里! 俺に他に女がいるなんて、どーしてそんなこと考えられんだよ。こっちは一年ぶりに電話一本もらったくらいですっ飛んで来るほど、まだこんなにもお前にイカれてるってのに……。あーほんとに理不尽だ。メチャクチャ腹立つぞ……」

 今のキスのせいで、わたしの思考はまだほとんど停止状態だった。なんだか熱っぽい。きっと熱が出たんだ。それで彼の言葉を聞き違えたに違いない。
 思わずふらっともたれかかったわたしを、彼がしっかりと抱きとめた。

「だから、今日は手加減一切なしだ。後から苦情言っても、ゼッタイ受け付けないからな!」

 びっくりして彼を見上げ、ただ口をパクパクさせてしまった。そして『了解』と言う代わりに、彼の胸にポテッと顔を押し当てる。
 これでもう、『あなたにお任せ』と言ったも同然……。

 そしてわたし達はまるで恋人同士みたいに、手をつないで車に戻って行った。


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14/10/30 更新