backnext



〜 再会の季節 〜


PAGE 7


 目を覚ますと、カーテン越しに部屋に朝の光が差し込んでいた。

 身体のあちこちが痛い……。

 起き上がって自分を見下ろすと、肌のいたるところにピンクの花びらを散らしたように、狂おしかった一夜の記憶がはっきりと刻まれている。
 雄介はすでに起きてシャワーを浴びていた。今の状態で彼と顔をあわせることにひどく抵抗を感じ、慌ててローブに袖を通していると、彼もバスローブ姿で出てきた。顔を見ないように、わたしは衣類を抱え大急ぎでバスルームに駆け込んだ。
 学生時代にも何度も抱かれていたのに。でも、これほど熱い夜を過ごしたのは初めてだ。さらに夕べのお台場での危うい会話を思い出し、いっそうバツが悪くなる。
 今、明るい光の中で、どんな顔をして雄介の前に立てばいいんだろう?
 熱い湯に打たれながら、わたしは自分の態度を決めかねて考え込んでしまった。
 わたしを抱きながら夜半に彼が発した問いが、再び耳に響いてくる。
『俺はお前の何?』と……。

 わたしは雄介が好きだ。それはあの頃も今も少しも変わっていない。
 友達以上恋人未満……。
 このままではいられない?
 居心地のいいこの関係を、これからも続けていくことはできないの……?


 湯あたりしてふらふらになって、ようやく身支度を整えてバスルームを出ると、雄介の皮肉な視線に出くわした。
 彼もすっかり着替えていた。と言っても、こちらも夕べのシャツとジーンズのままだけど。
「朝食、どうする?」
 不意に声がかかり、ベッドに座ってバッグを整理していたわたしは飛び上がりそうになった。途端に思い出して慌てる。
「雄介、バイトがあったんじゃないの?」
「電話して、来週の奴と交替してもらったから大丈夫……」
 彼の口元にちらっと微笑が浮かんだ。ああ、これこそいつもの雄介だ。わたしはほっとして微笑み返すと、バッグを手に立ち上がった。
「よかった。ううん、朝食なんていらないよ、うちで食べるから」
「おい……、まさかもう帰るつもりじゃないよな?」
「え? 帰るよ。だってこれ以上雄介に迷惑かけられないし。夕べは本当にありがとう。お陰できれいさっぱり吹っ切れた。もう大丈夫だから……」
「……それだけか? 冗談言うなよ!」

 途端に彼はすごい剣幕で怒鳴った。さっと近付いてきて、わたしの手からバッグをひったくるとベッドの向こうまで投げ飛ばす。
「あれだけ俺の腕の中で乱れといて、朝になったら、『はい、さようなら』か? 冗談じゃない、いい加減にしろ!」
「……え?」
「それともお前にとって、俺は結局本命ができるまでの安全パイに過ぎないのか? それとも気分次第でセックスも楽しめる、お気楽なセフレ?」
「そんな……、ひどい。それじゃわたしがよっぽどヒドイみたいじゃない」
「へぇ、違うのかよ? 今の聞いたら誰だってそう思うぞ、きっと」
「そんなつもりじゃ……。わたしはただ……、夕べちょっと付き合ってもらえたらそれでよかったんだから」
「なるほど……」雄介はわたしを見据えたまま、冷たく答えた。「そんなつもりじゃなかったが、成り行きでこうなったと……。それでまた何ごともなかったように知らん顔して素通りしていくつもりかよ! 絵里、お前さ、自分で自覚なくてもそれってやっぱり最低だと思うぜ」
「ひどい! そんなふうに言わないでよ。だから、そんなつもりじゃなかったって言ってるじゃない」
「じゃあ、どんなつもりだったんだよ? ひどいのはどっちだ。それで、ゆうべは楽しかったわ、じゃあまたねって、平気で舞い戻っちまうつもりなのか!」

 彼の口から飛び出してくる熾烈な言葉に圧倒されて、呆然と見返していると、雄介の両手がわたしの肩をがっちり押さえた。
「絵里、俺はずっとお前を忘れたいと思ってた。この一年それこそ馬鹿みたいに努力してたんだぞ。それをまたこんなふうに気まぐれにつき合わせて、俺をメチャメチャにして……、お前、俺をいったい何だと思ってるんだよ? 俺にも限度がある。お前の気が向くのをこれからもずっと待ってることなんかできない。今すぐ答えてくれ。お前は俺のこと、どう思ってるんだ?」

 わたしは目を見開いてごくりとつばを飲み込んだ。なんて答えればいいのかわからない。答え方次第では、今度こそ雄介を失うかもしれない。それは嫌……。
「……雄介のことは大好き。それは今も前も全然変わらないの。大好き! 本当に大好きだけど……」
 ふいに肩にかかった手が離れていった。
「だけど……、惚れてるわけじゃない……か」
「わかんないのよ、自分でも……」
 途方に暮れて恐る恐る目を上げると、雄介は腰のベルトに指を引っ掛けたまま、身動きもせずにわたしを眺めている。なんだか怖くなって、わたしはさらに何か言おうとした。
 その時彼がさっと天井を仰いで、深い深いため息をついた。口元に皮肉な微笑を浮かべ、目を閉じてジッとしている。まるで苦いものでも飲み下しているようだ。
 やがて、彼は黙ってくるりとわたしに背を向けた。さっき投げ飛ばしたバッグを拾い上げベッドの上に置くと、車のキィを取り上げ部屋の扉に向かう。
「アパートまで送るよ、深沢さん」
 その声には、もはや何の感情もこもっていなかった。



 それから……。雄介は車で、わたしをアパートまで送り届けてくれた。
 俯きがちになるわたしの隣で、黙々と運転している。アパートまでの道を聞く以外、もう声をかけようともしない。
 話がしたくて何度も彼を見たけれど、その横顔は取り付く島もないほど頑なで、隣に座っているわたしのことなど眼中にもない様子だった。

 とうとうアパートに着いてしまったとき、わたしはそのまま別れるのが嫌で、思い切って雄介に声をかけた。
「ありがとう、雄介……。ね、お腹空いたでしょ? ちょっと寄っていってよ。コーヒーとトーストなら、すぐできるから」
 けれど雄介は、いともそっけない返事をよこしただけだった。
「いや、遠慮しとく。それじゃ元気で」
 わたしは黙って車から降りて、彼を見送ることしかできなかった。

 本当にこれでおしまい……。
 走り去る車は、雄介の気持をこの上なくはっきりと伝えていた。


nextbackTopHome

-------------------------------------------------
14/11/07 更新