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〜 再会の季節 〜


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 ゆっくりと時が過ぎて、街もクリスマスムードになってきた。
 いよいよクリスマスまであと十日ほどに迫る頃。雄介にプレゼントを準備したわたしは迷った挙句、思い切ってこんな風に書いてみた。

…………………………
クリスマスが近付いてきましたね。
雄介にちょっと渡したいものがあるの。
雄介がいないときにでも、研究室に届けていいですか?
…………………………

 まぁこれくらいならいいんじゃない? 今週の土曜日あたり行こうかな。研究室は開いてるよね……。
 ベッドの上で勝手に予定を立てて、よしっと枕元にスマホを置いて横になったとき……。
 それが小さく一度鳴った。
 慌てて跳ね起きる。

 ああ、もうっ! 突然指がどうかしたみたいに震えて震えて止まらない。
 危うく落っことしそうになりながら、ようやくそれを見ると……。

………………………
明日pm9:00、渋谷駅ハチ公前にて。
………………………

 彼の返事はこれだけだった。
 あまりに簡潔なその一言を目にした途端、わたしの目からぼろぼろと涙があふれ出した。
 拭っても拭ってもどうにも止まらず、その文字達がぼやけて見えなくなった。


 翌日。
 イライラするくらい時間が経つのが遅かった就業時間がようやく終わり……。
 とうとうPM9時5分前。指定された渋谷駅のハチ公前。
 華やかなイルミネーションに彩られた街角に、師走の冷たい風が吹き抜けていく。
 バッグの中にラッピングしたプレゼントを忍ばせ、コートの襟をかき合わせながら、あの日と同じように大通りを流れていく車を見ていた。
 道行く人は変わらず多いけど、今日はいたずらに時間を潰している人の姿は、あまり見えない。
 その時、目の前にあの日と同じ紺色の車が停まった。出てきたのはスーツに黒いコートを着た雄介だ。
 うわ、よく似合うじゃない、雄介……。
 そんな格好してると、誰にも負けないくらいエリート・リーマンに見えるよ。

 雄介は、その場に立ちすくんでいたわたしをすぐに見つけ出した。
 彼の目がまっすぐにわたしを捉える。途端に心臓が異常なくらい早鐘を打ち始め、気が付くと彼に向かって夢中で駆け出していた。
 まるで飛びつくように駆け寄ったわたしを、雄介の両腕がしっかりと抱きとめてくれる。
 気が付くと、わたしは彼の腕の中にすっぽり納まっていた。痛いほど抱き締められているのが信じられず、戸惑いながら顔を上げると、彼が少し照れたように微笑んでいる。

 本来、これは公衆の面前で演じるようなシーンじゃないはずだけど、嬉しくて咄嗟に周りのことなんか忘れていた。注目の的になっているのに気付き、わたし達はそそくさと車に乗り込んだ。


「飯は? もう食った?」
「残業してるとき、少し食べたけど」
 遅くまでやってんだな、と呟く彼に「要領悪いから」と答えながらそっと横顔を窺った。今日の雄介はこの前と違ってとてもリラックスして見える。
 やがて、車は落ち着いた雰囲気の素敵なレストランの駐車場に入った。向かい合わせに座り注文した後、わたしはおそるおそる切り出した。

「ゴメンね、毎日……。あの、イチオウ見ては……くれてた?」
「……うん。毎晩、すっげー楽しみにしてた」
 彼の顔にちらりと照れくさそうな笑みが浮かんだ。思わずわたしの口からポロリと本音が零れる。
「なのに返事くれないんだから。見てないかと思っちゃったよ」
「まさか、そんなはずないだろ」
「でも、どうして夕べはイキナリ返事くれたの?」
「う……ん。とにかくお前に会いたくなったから……。アレ見た途端、限界超えちまった感じ」
 ちょっと言いたくなさそうに言葉を濁していた雄介が、やっと答えてくれた。
「……三日続いて、これはまだ脈があるかもしれないと思った。けど、またお前の気まぐれかもしれない、とも思ったから、お前の気持を見極めたかったってのもあった。こっちもいつ来なくなるかとビクビクしてたし……」
「じゃ、もう怒ってない? あのときのこと」
「何、それでそんな心配そうな顔してるワケ?」
 雄介は意外そうに言った。
「最初から怒ってはいなかった……いや、やっぱりかなり頭きてたかな。とにかくやたら虚しくなって、もうきっぱりこれっきりにしようと本気で思った、あの時は。……だけど、アレ見てるうちに、やっと腹くくれたからさ」
 ようやく雄介は半ばあきれ返ったようにわたしをまっすぐに見た。

「はっきり言って、お前みたいな女に惚れた俺が悪いってことだよな。も、あきらめもついたし」
 あきらめもついた?
 それは『もうわたしのことなんかどうでもいい』っていう意味?
 がーん、とショックを受けて思わず黙り込んだわたしを眺め、雄介がおかしそうに目を煌かせる。
「またなんか、アホなこと考えてるだろ?」
「えっ、ううん、別に……って、それどーいう意味よ?」
「お前、ほんっとにわかりやすいよな。おまけに究極的に鈍いときてるし。その感性、ちょっと分けて欲しくなるときがある、俺」
「あのー、ひょっとして思いっきりバカにされてるんでしょうか?」
 馬鹿にされても仕方ない事実は棚に上げ目をすがめると、「お、わかったの? 珍しく」とか言いながら、声を噛み殺しつつげらげら笑っている。
 一瞬、わたしは前言撤回して帰ろうかと思った。


 その後、雄介は急に真顔になった。
「黙ってたけどさ。俺、春からお前と同じ会社なんだ」
「えええっ、マジ?」
「大マジだって。だからさ、絵里……」
 驚いて頓狂な声を上げたわたしをじっと見つめて、彼はさらに畳み掛けるようにはっきりと言った。
「俺ともう一度付き合ってほしい。お前が俺を男として見てくれるまで、とことん待つつもりできたから。今日は……」

 ……って、そんなこと言ってくれたの、もしかして初めてだよね……?
 そう思った途端、自分の中にどっとこみ上げてきた感情に、圧倒されそうになったほど。

 少しの間目を閉じて気持を静めてから、わたしはうつむきがちに小声で答えた。
「多分……もう見てる……、と思うんだけど」
 わたしの顔をまじまじと見ていた雄介の顔に、めったに見られないほど嬉しそうな笑みが広がった。
 それは、長い間友達以上恋人未満だったわたし達の関係が、恋人同士に変わった、記念すべき一瞬だった……。


〜 fin 〜


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14/11/12 更新
お読みいただき、ありがとうございました〜。
時間がちょっと飛んでいますが、番外編もアップしましたので、よろしければどうぞ〜。