Chapter 10

page 3


 そんなパトリシアの表情に魅了され、つくづくと見入りながら、ロイはこの夜が永遠に終わらなければいいとさえ思っていた。
 やがて顔をまさぐる彼女の手を取り上げ熱っぽく口づけると、彼女の顎を捉えて、澄んだ黒い瞳を覗き込んだ。

「愛してるよ、パトリシア。僕の命をかけてもいいくらいに」
 伝える声が、思いを映して低くこもる。
「わたしもよ。愛してるわ、ロイド・クライン。あなたと結婚する日が待ちきれない」
「いつ、結婚してくれる?」
「できるだけ早いうちがいいわね。そしてハネムーンには……、そうだわ、サマセット村はどうかしら? なんだか久し振りに、行きたくならない?」
 そう言った途端、彼は脱力したようにごろりとベッドの上に身を返して、くっくと低い声で笑い出してしまった。むっとして彼女は、腹ばいになると、彼の二の腕を思い切りつねってやる。あっつと呻いて、ロイがお返しに彼女をくすぐりはじめた。
 きゃっきゃっと笑いながらひとしきりベッドの上でじゃれ合った後、パトリシアは彼の腕の中に再びすっぽりと納まって、少し真面目くさってまた尋ねた。
「ねぇ、おかしい? でも、なんだかわたし、今無性にサマセット村に帰りたくて仕方がないの。とても懐かしくて……。そう言えばあなたのお母様にも、もう随分お会いしていないわね。お変わりないかしら」
「ああ、何とかね。母さんも君を見たら喜ぶだろうな」
「あなたは、よく村に帰るの?」
「いや、そうしょっちゅうという訳じゃない。クリスマス休暇くらいだけど」
 少し考えるように間があった。
「でも、そうだな。今の季節、あの小川に舟を浮かべて、のんびり釣りをするのも、悪くないかもしれないな」
「あら! それじゃ今度は、溺れるのはなしにしてちょうだいね」
 こいつ、というように、顔をしかめて腕に力を込めたロイを笑顔で軽くいなしてから、さらに指を折って数える真似をする。
「それから……、お弁当をたくさん持って、昔学校から行ったみたいにピクニックに行くのよ。もちろん今度はあなたと二人で。そうだわ、いっそ、わたし達のお式も、サマセットでできたらいいわね。あの古い教会の鼻眼鏡の牧師様、お名前はなんとおっしゃったかしら」
「シモンズ牧師のことかい? よく覚えているね。彼は、おととし代わったんだ。今はウォーカーヒル牧師という人さ。この人もいい人だよ、説教がちょっと長すぎるのが難だけどね」
「まぁ、あなた、その様子じゃ相変わらず、お説教中ずっと居眠りしてるんでしょう!」
「そんなこと、聞くまでもないだろう?」
 深く考えもせず、思いつくまま次々と軽口を交わし合いながら、二人は心から笑っていた。こうやって生まれたままの姿でベッドの上に寄り添って横たわり、何のこだわりもなく笑い合っている。
 なんて素晴らしい、夢のようなひと時だろう。


 やがて、彼女は少し大胆になってきた。いたずら心が芽生え、もう一度ロイにぴったりと身を寄せていくと、首の包帯のすぐ下の鎖骨から、硬くたくましい胸、そして平らな腹部の黒ずんだ傷に、両手をそっと滑らせながら、肩についばむような軽いキスをする。
 ロイがはっと息を吸い込んだのがわかった。突然真顔になって身体を起こした彼は、肘をついて彼女をもう一度片方の腕の中に捕らえてしまった。そうして見つめ合っているうちに、お互いの身体の底から沸き上がる熱い奔流に抗しきれなくなる。
 どちらからともなく、二人はもう一度激しく抱き合い、荒々しく唇を重ねていた。彼女の唇は、今夜彼が与えた無数の口づけに、すでに腫れてふっくらしている。それでもさらに貪欲なキスで彼女を覆い、再び丹念にその口中を味わった。
 彼女が苦しげに呻き声を漏らしたので、ようやく息をついて顔をあげた。澄み切った夜のような彼女の目に見入りながら、枕に流れる黒髪を一掴み巻きとり、そっと口づける。

 今、窓の外に低くかかった残月の淡い光に、彼女の美しい肢体が白く浮かびあがっていた。顔の輪郭から豊かな胸のふくらみ、さらにすらりと伸びた形のよい脚のつま先に至るまで、もう一度じっくりと手のひらで味わう。滑らかな肌触りを確かめながら、先ほどこの身体のいたるところに刻みつけた自分の徴を、もう一度唇で丹念に辿りたくてたまらなくなっていた。いや、一度では足りない。何度でも。
 二人の情熱の時間は、まだやっとはじまったばかりなのだ。もっともっとお互いの中に溺れながら過ごしてみたかった。これまで、彼女なしにいったいどうやって生きてきたのか、もう考えることさえ難しくなっている。

 だが、再び愛し合うことに、彼女の身体が耐えられるかどうか……。

 そんなロイのためらいが伝わったように、パトリシアがもどかしげに大きく吐息をついた。今夜初めて知った砕け散るようなあの悦びをもう一度求めて、華奢な両手が身体の上を戯れていた彼の手を取りあげ、切に待ち望む潤いの源へと導いていく。
 驚きつつもその求めに応えて、彼の指先が最も親密に触れはじめると、しなやかな身体がわななくように震え、さらに熱く迎えるように身をそらせる。
 愛の行為に対し無垢だからこそ技巧もなく、感じるまま鮮烈に彼を求めるその仕草に、ロイは今更ながら驚かされ、同時に強く心動かされた。彼女の唇からこらえきれないように漏れる声に酔いしれながら、さらに深い歓喜の淵まで彼女をいざない、全身が快楽の兆しにうち震えるまで高めていく。
 ついに、お互いが限界に達したことを感じたとき、震える声で彼女の耳元にそっと囁いた。
「もう一度……、大丈夫だね」
 目を閉じたまま、夢中で頷いてロイの腕を掴んだパトリシアに、彼の強い肉体が再び激しく覆いかぶさっていった。
 そうしてさらに自分自身を与えながら、彼女の深奥まで占領し、焼き尽くすような境地で二つの肉体が一つに融け合っていくのに身を任せる……。

 どうかこの夜が、いつまでも終わらないように……。

 西の森に月が隠れた後、しっかりと抱き合ったまま眠りについた二人を包み込むように、夜明け前の空には、満天の星だけが音もなく瞬いていた。


NextNexttopHome

-------------------------------------------------
17/05/07
二人のつかの間の愛と安らぎの時間でした。次回からまた…です。