Chapter 22

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「僕が、君一人ここに残して行ける訳がない! 戦争はいつ終わるともしれないし、その間、嵐も来れば冬も来る! 君が一人ぼっちでこの家で暮らすなんて絶対に反対だ。不可能だよ!」
「酷いわ! やって見もしないうちから、決めつけるつもりなのね?」

 パトリシアも怒ったように彼から身をもぎ離すと、荒い息をつきながら負けじと言い返した。
「わたし、あなたが帰ってくるまでの四日間、一人だったけど、何とかやっていたわ。それに、この一週間で窯(かま)の使い方もだいぶ分かったつもりよ。マジソンさんからお仕事もいただいたし、あのお店のお手伝いをしながら、あなたの帰りを待つつもりだったのに、そんな……、一方的にあんまりだわ!」
「パット! 泣かないでくれ、お願いだ……」

 彼女の目にとうとう涙が溢れ始めた。泣き出してしまった彼女を、たまらないと言うように引き寄せる。言葉が途切れ、嫌だともがく体を捉えてきつく抱き締めると、顔を押し上げ思いの丈全てを込めて口づけした。二つの体が震え、猛る思いがぶつかり、せめぎ合うように激しく互いを求め合う。
 泣きながら夢中で応えてくる彼女が愛しくてたまらない。唇を解放した後も顔中にキスの雨を降らせた。やっと顔を上げたロイは、妻のまだ濡れている黒い瞳を覗きこんだ。

「ありがとう、パット……。その気持だけでもう十分だ。だが、店の仕事は……、君がやるような事じゃないよ。それにこの家だって、到底君にはふさわしくない」
「そんなこと、誰が決めるの? ネッタ小母様……あなたのお母様だって、ずっとお一人で暮らしていたでしょう? わたしはこの村が大好きだし、ここであなたの帰りを待っていたいの。マジソンさんやハリスさんや、みんなが助けてくれるし、きっと大丈夫よ。それは、少し寂しいかもしれないけど……」
「君は母とは違うよ。それに……」
 頑固に言い募るパトリシアに、ロイは感嘆の思いを隠しきれなくなってきた。だが、彼女を一人で残しておけない重大な理由がもう一つ残っていた。ロイは一瞬目を閉じ、ついにそれを口にした。

「もし、君のお腹に僕らの赤ん坊がいたら、どうするつもりだい? できれば、こんなことは言いたくなかったが……」
 青い瞳に静かな悲しみを湛(たた)え、彼は心から愛する妻の顔をじっと見下ろした。
「今の戦況では……、僕が果たしてもう一度帰ってこられるかどうか、本当にわからないんだ」

 パトリシアの黒い目が大きく見開かれた。唇が泣きそうにわななき始めるのを見て、ロイは彼女の名を呟き、急いで抱き寄せようとした。
 だが、パトリシアは伸ばされた手を怒ったようにピシャリと払いのけた。そのまま一歩下がると、ロイをきつく睨みつける。すぐにその目に大粒の涙が光り始め、頬を伝い落ちた。

「そんな……、そんな風に言われて、わたしが、はい、そうですか、わかりましたって、素直にトロントに帰ると思っているのなら……、あなたは馬鹿だわ! 大馬鹿よ!」
「パット、泣かないでくれ。すまなかった……」
「『すまなかった』ですって? そんな簡単な謝罪で済む問題じゃないわ! あなたの赤ちゃんが、もうここに……わたしのお腹にいるかもしれないって……あなたにもわかっているんじゃないの! そうよ、あなたに何度も抱かれながら、わたしも同じことを考えたわ。もしそうなったら、この子と二人何としても頑張って、あなたの帰りを一緒に待つんだって、そう決心していたのに……。なのに、あなたは……、まるで厄介払いでもするように、わたしを実家に追い帰そうとばかりするのね。それで、わたしが本当に帰ったら、もう安心して……、二度と戻って来ないつもりなの? 死んでもいいなんて……、本気でそんな風に考えているの? あ、あなたの赤ちゃんを……、戻ってきて一目でも見たいとすら思わずに……? そんなの、あんまりにも身勝手じゃない? 酷過ぎるわ!」


 ロイは目を細めたまま、じっとこちらを見つめていた。身につまされる、というように全身を強張らせて自分の糾弾を受け止めている愛しい姿が、涙で次第にかすみ始める。パトリシアは嗚咽しながら、最後の文句を叫ぶように叩きつけると、困惑した面持で立ち尽くすロイに身を投げかけていった。

 長い灰色の日々の後に、やっとの思いで掴み取った愛する夫との静かな素晴らしい暮らしを、過酷な運命の手になど決して渡すまい。改めてそう固く決意するように夢中でしがみつく。
 ロイの身体も震えている。泣きながらパトリシアは片手を上げて彼の強張った顔にそっと触れた。半分陰になった端正な輪郭を思いを込めてゆっくりと辿る。ふいに彼の手がその手を荒々しく掴み、熱く唇に押し当てた。

「パット、お願いだから泣かないでくれ。本当に、君にはかなわないな……」
 深くため息をつくと、彼は心からの愛をこめて妻を抱き締めた。
「愛しているよ……。君も、君のお腹に、もしかしたら宿っているかもしれない子供のことも……。今ほど、向こうに行く決意が揺らいだことはないよ。だけど……、今の僕に言えるのはこれだけなんだ。何の約束もできない。身勝手と言われても、返す言葉もないな。それでも僕は……、どうしても君が欲しかった。最後のこのひと時だけでも!」
「嫌! 最後だなんて、決して言っては駄目よ! 絶対に嫌! あなたは帰って来るわ! わたし達が待っているんだもの、絶対に帰って来なくちゃ!」

 ランタンの光を受けて、白壁に激しく抱き合う二人のシルエットが映っていた。気が付くと、夢中で互いの唇を求めていた。焼き尽くすようなキスが互いの全身にたちまち燃え広がって、情熱の焔を再び掻きたてていく。
 パトリシアの激しい言葉に圧倒されたように、ロイは彼女の身体を抱きかかえたまま、その場にがくりと膝をついた。ベッドに行くのももどかしい。互いの衣服を引きはがず様に脱がせ合うと、居間に敷かれたラグの上に転がるように横たわった。パトリシアが怒りにまかせ、泣きながら彼にのしかかって、ロイの唇をきつく吸い上げ噛んだ。呻くような声を漏らし抱き留めようとする手を、パトリシアが厳しく制する。

「動かないでちょうだい。これはあなたのさっきの言葉への罰よ」


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17/12/04