Chapter 3

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 フェリスの着ている全身にまとわり付くような薄物の白いドレスが、その動きに伴いさらりと揺れた。シンプルだが、身体の曲線を見せるフランス風のパーティドレスで、襟が深くくれた少し挑発的なデザインになっている。
 白い首筋にゴージャスなゴールドとパールのネックレスを何連にも巻いて留め栗色の髪を結い上げたフェリスは、パトリシアのドレスを品定めするようにじろじろ眺め、唇に小ばかにしたような微笑を浮かべた。そのままアーノルドを振り返り、揶揄するような調子で話しかける。
 フェリスはパトリシアより四つ年上で、どちらかといえば個性的な顔立ちだったが、自分の演出にかけてはパトリシアより余程熟練していた。ホイットリー家の長男ディックと結婚してからもう五年経つが、まだ子供はおらず、今も結婚前と同様の細いボディラインを保っていた。

 パトリシアは軽く唇を噛んだ。ついさっきまで自信があった自分のドレスも、たちまち野暮ったい田舎娘の装いのような気がしてくる。だが、アーノルドはもちろんそんな女同士の密やかな闘いには、まったく無頓着だった。唇に甘ったるい微笑を浮かべ、彼はおどけたように眉を上げた。

「やあ、フェリス。相変わらず綺麗だね。あとで一曲ダンスのお相手を頼むよ。ところで兄さんは? まだ帰ってないのかい?」
「まあ、ディッキーがこんな日に、今頃まで仕事しているはずがないでしょ。もうとっくに、あそこでお義父様やお客様方と話してるわ」
 彼女が片手をひらひらさせたほうを振り向くと、広間の一角に吊り下げられた濃い緑のビロードカーテンの奥にコーナーが見えた。そこに置かれた丸テーブルについて、ホイットリー氏やアーノルドの兄が、見知らぬ数人の紳士達と談笑している。
「パティ、今日は楽しんでいってね。アーノルド、お義母様はあちらよ」
 それだけ言うと、もうこの二人には興味を失くしたように、次の客に声をかけはじめた。屋敷の女主人の一人として、果たすべき勤めなのだと納得しようとするが、この義姉を見ていると蜜を求めて花から花へ飛び回る蝶をいつも思い出してしまう。
 言われた方には、エミーリア・ホイットリー夫人が、同じように着飾った中高年のレディ達の中心に立っているのが見えた。どちらを向いても、似たような光景だ。パトリシアの心に、またひんやりと隙間風が吹き抜けていった。

「どうしてそんな気難しい顔をしているんだい? 女はこういう雰囲気が好きだと大体決まっているだろう。もっと楽しそうに振舞ってくれよ」
 アーノルドはそんな彼女の複雑な気持など全く気付かないようだ。生真面目な黒い瞳を覗き込むと、少し苛立ったようにこう言った。彼女はため息を押し殺し、何でもない、と首を振った。

「お父さん。ようやくパトリシアを連れて来ましたよ」
 アーノルドが奥のタキシードの一群に近づいて声を掛けると、その場にいた一同の視線が同時にこちらに注がれた。トーマス・ホイットリー氏は、息子の傍らに立つ薄紫のドレスを上品に着こなしたレディを見て、にっこりした。氏の顔に暖かい微笑が広がり、陽気な低い声が飛んだ。
「ようこそ、パトリシア。なんと、今日は一段と美しいね。見違えたよ。最近ちっともここに顔を出さんじゃないかね。毎日待っているのに。アーノルドの奴が暇さえあれば君の話をとうとうとしおるので、これは結婚式の日取りを早めてやらねばならないかと思っていたところだよ。パーティを楽しんでいるかね?」
 パトリシアは張り付いたような微笑を浮かべ、未来の義父とその友人らしき紳士達にお辞儀を返した。氏はうなずきながら息子を見、火のついた葉巻を取り上げた。
「お前達は食事もまだだろう? 最近入れたシェフの腕は一級だよ。パトリシアはワインはやらなかったかな。それならよく冷えたシャンパンもある。アーノルド、しっかりエスコートしてあげなさい。今日は楽しむんだよ」
 ホイットリー氏はそれだけ言うと、取り巻いている男達と、また元のように話をはじめてしまった。アーノルドも用事は済んだ、とばかりに彼女の手を取りきびすを返す。

 その時、背後の紳士達の中からヤンキーなまりのある声が聞こえた。

「あれがニコルズの? あの野暮な男の娘にしては上出来じゃないか。そう言えば奴はまだ協力を拒んでいると聞いたが? あの頑固者、なぜ……」

 パトリシアはさっと振り返った。だが、隣の男にしっと目配せされ、そのずんぐりした中年男は口を閉ざしてしまった。そして話題は再び、世間話めいたものに変わってしまったようだ。
 人にまぎれてもう一度立ち止まり、彼女はその場にいる顔ぶれをつぶさに眺めた。自分が見知っているのはホイットリー家の縁者だけで、その他半数は知らない顔だ。さっきの話し方から察するに、彼らはアメリカ人だろうか。
 だが……、今の話は、どうやら父のことらしい。
 あの人達は、何か知っているのだろうか? それではひょっとして伯父様も何かご存知なの? でもそんなはずはないわ。知っているなら教えてくださるに決まっているもの……。
 沸き起こった疑惑が、潮のように心の中に広がっていく。


 料理のテーブルに案内されるとアーノルドはすぐに、近づいてきた男女複数の友人達と話し始めた。パトリシアはアーノルドが皿に取りわけてくれた料理をつつき、話に耳を傾ける振りをしながら、あれこれ考えていた。

「あなたのご婚約者って、とてもおとなしい方なのね」
「いや、今日はちょっと気分が優れないらしいよ」
 アーノルドの口調にはっとして顔を上げると、二人の女性の興味本位の眼差しが向けられていた。上の空でいたため、少し決まりが悪くなる。
 それでも、ダンスが始まると、ワルツの楽曲に乗ってホールの踊り手達の輪に加わった。踊りながら彼女はためらいつつも、思い切って切り出してみた。

「わたし、トーマス伯父様にどうしてもお尋ねしたいことがあるの。あとで少しお時間をとっていただけるよう、あなたから頼んでもらえないかしら?」
「また何を考えているんだい? そんな深刻な顔ばかりしていたら皆が変に思うじゃないか。もっと笑顔で明るく話すくらいできないのか? こういう人目がある時は特にさ」
 パトリシアの顔を覗き込み、苛立ったような口調で言ってから、彼はなだめるようにその繊細なうなじに手のひらを滑らせた。彼女は思わずまた、目をそらせてしまった。

 パトリシアがターンして、目線の向きを変えたときだった。

 今まで伯父とその取り巻きにばかり気を取られていた彼女の目に、会場の隅に立っている一人の男の姿が飛び込んできた。燃えるようなブルーの瞳がこちらを食い入るように見つめている。
 その視線に射すくめられ、思わずあっと声をあげそうになった。がくがく震え出した足のせいでドレスのすそを踏んで転びかけ、とっさに抱きとめてくれたアーノルドにもたれかかってしまう。

 まさか、そんなことって! でも、あれは確かに……。ロイだ!


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17/01/13
お待たせしました〜。やっとここまで…(長かったですよねぇ)
年明けの雑感など、ダイアリーにて。