Chapter 7

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 いきなり抱きすくめられたパトリシアが小さく叫ぶと、ロイはそれを抑え込むように、背中に回した腕にさらに力を込めた。耳にくぐもった声が、なおも聞こえてくる。

「こんなことを聞かされてショックかい? 驚きのあまり声も出ないかな? 君が僕を"サマセットのロイ"としか見ていないことは、 よくわかっていたさ。だから今まで、なんとかそれに徹しようと努力してきたんだ。君の古い友人として、せめて何か力になれたら、 とね。なのに、ああ……、これじゃ何もかも滅茶苦茶だな」
 短い笑いが嫌な音をたてた。
「君は本当に気付かなかったのかい? 僕は君を見るたびに、こんなふうに熱くなっていたのに。それとも気付いていながら、からかっているつもりだった?」
「そ、そんな! とんでもない言いがかりよ。わたしは何もからかってなどいないわ。第一、あなたが何も言ってくれないのに、 どうしたらわたしにそんなことがわかるの?」
「……僕に何を言えって、パトリシア?」
 吐き捨てるような苦々しい口調。
「僕に何を言えって言うんだ? 君を愛していると、口に出せば満足できるかい? 君をずっと愛していたって? そう言いさえすれば、 このどうしようもない状況から抜け出す道があるとでも? ああ、何にしてももう遅過ぎる。この代償は高くつきそうだよ。 君にとっても僕にとってもさ……。くそっ、やっぱり君はここに来るべきじゃなかったんだ!」

 痛いほどの抱擁の中、パトリシアは呆然としながらその荒々しい告白を聞いていた。思いがけない言葉に、強い驚きと それ以上に激しい喜びが心を駆けぬけたが、頭の中は大混乱をきたしていた。

 ロイがわたしを愛している、ですって? 今彼は本気でそう言ったのだろうか……。

 身動きしているうち、ようやく腕の力が少し緩んだ。振り向いて見上げると、いつものロイからは考えもつかない、泣き出しそうなブルーの瞳に出会った。荒々しい口調とは裏腹にひどく切羽詰って真剣な、 そして傷つきやすい少年のような表情が浮かんでいる。
 この人にこんな一面があったなんて……。

 彼に触れようと、そっと手を伸ばした。ロイがその手を捉えて握り締め、あっと思う間もなく二人の唇が重なっていた。
 その口づけに、パトリシアはまるで待ち構えていたように反応した。気が付くとどちらからともなく激しく求め合っていた。言葉にしきれない全ての思いを彼女に注ぎ込み、さらに彼女を味わおうとするように、熱い舌が口中をまさぐる。
 パトリシアも進んで彼の侵入を受けとめ、自らもキスを返していった。翻弄され、本能的に沸きあがってくる激しい渇望に身震いする。
 今日、ロイのところに駆け込んだときから……、いいえ、もっと前、おそらく彼に再会して突然キスされたあの日から、わたしは心の奥でこの瞬間を待ち望んでいたのかもしれない。

 ようやく唇が離れると、パトリシアは彼の激しく脈打っている胸に顔をうずめ、さわやかな汗の匂いを吸い込んだ。
 ついにロイは、彼女をさらうように抱きあげた。足で寝室のドアを蹴り開け、さっき整えたベッドに彼女を横たえると、 緊張しほてった顔をじっと見下ろしながら、彼女の上に覆いかぶさっていった。唇が再び熱く重ねられる。
 彼の手が、ブラウスをスカートの中から引き出しボタンをはずし始めても、もはや何一つ抵抗せず、目を閉じたままじっと していた。前が開かれざらついた長い指が服の下に身につけていた薄い下着の中の、女らしいふくらみを捉えると、初めて驚いたようにびくりとする。
 その指で下着の紐が解かれ、白い上半身が焼けるような視線の下にさらされる。 初めて異性に肌をさらすことに恥じらいを覚え、パトリシアは思わずぎゅっと目を閉じると顔を背けてしまった。ロイがなだめるように髪を撫でつけている。頬にキスされ、自分の名を呼ぶのが聞こえた。

「パット……、本当にきれいだ。ああ、パット、お願いだ。怖がらないで……。君を決して傷つけたりしない。約束するから」

 彼の手が滑らかな首筋からゆっくりと胸元へとすべり降り、唇がその後を丹念に辿っていった。やがてあらわにした白い胸のふくらみに目を落とすと、そっと掌で包み込み、蕾を口に含んで愛撫し始めた。  まるで壊れ物に触れるような、切ないほど優しい唇と舌先の動き。痛いほどの刺激と悦びが同時にパトリシアの背筋を駆け抜け、声をあげて彼の腕に爪を立てた。呼吸が荒くなり、意識に霞がかかったように陶然となっていく。

 ふいに彼がうめき声を上げて身体を起こした。その手が腰にかかりぴたりと止まる。ズボン越しに彼が熱く緊張しているのを感じた。いきなりスカートの上から脚の付け根にぐいと押し付けられ、彼女は息を呑んで思わず目を見開いた。
 焼けるような眼差しで見下ろしている彼と目が合い、あえぐようにロイの名をつぶやく。
 彼の声は欲望にかすれ、まるで締め付けられるように聞こえた。

「わかるかい、パット? どういう意味か……。僕は君が欲しい。死ぬほど、ここで君と一つになりたい。今の僕には、それしか考えられないくらいだ。だけど、そんなことをすれば、本当に君にとって取り返しがつかないことになってしまうよ」
「……なぜ……、そう思うの?」
 答えの代わりに腰を押さえる手に一層力が加わり、押し付けられていた彼の腰が軽いリズムを刻んで動いた。衣服を通してすら感じ取れるその生々しさ。彼の動きはこれから起ころうとしていることを確実に予測させる。パトリシアは、もう一度ロイの名をあえぐように呼び、腕を伸ばして彼のシャツの襟首にすがり付いた。
「あなたがわたしを傷つけるなんて、絶対にあるはずがないわ、ありえないわよ、ロイ……。だって、わたしもあなたを……」

 もう後戻りできない。自分が決定的なことを言いかけているのに気付き、僅かにためらいを感じた。
 身体をベッドに押し付けている手に更に力がこもった。だがじっと覗き込んでいるロイの眼には、たぎるような欲望と共に、夕刻と同じ、彼女には理解できない何か苦悶が忍び寄っているような気がした。
 それを見たパトリシアは、静かに、だがきっぱりと言い切った。

「いいのよ……、今わかったわ……。わたしもあなたを愛しているの、ロイ。だからあなたに会いたかったし、あなたとずっと一緒にいたかった。そして……、あれほどあなたにキスしてもらいたかったんだわ」

 彼の全身に震えが走った。次の瞬間、パトリシアは再び息もつけないほど激しく抱き寄せられ、口づけされていた。
 ロイの闇雲な求めに夢中で応えながらも、なぜかそのキスの中に彼の絶望を感じ取っていた……。


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17/03/18