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* 本ページはオンノベではR18基準の描写が含まれます 




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 再び始まった口付けはさっきより一層深く、彼女の全身まで燃え立たせるようなものだった。奈美もユンソクの首に腕を絡ませ、自ら引き寄せるようにしながら、奔放なまでに応える。
 しばらくしてようやく顔を上げたユンソクは、満足気に彼女を見下ろした。まるで確信を得たというように、唇の端に笑みさえ浮かべている。
 奈美の全身を文字通り覆いつくすように身体を重ね合わせ、もう一度激しいキスで唇を覆う。今夜だけでもすでに数え切れないほど交わした口付けに、なお満ち足りることがないように、その都度いっそう高まっては互いに火をつけていく。

 そして丹念な探索が再開された。今彼女は絶望的なまでに彼の虜だった。ただ彼の肩や背に爪を立て、自らを与え尽くす以外何もできない。彼の全てを受け入れ、またありったけの力で贈り返した。
 炎のような唇と舌は柔らかな胸のとがった頂をもてあそび、滑らかな腹部を這い回って、さらに下腹部へ、そして脚の付け根にまで下りていく。
 力強い手で脚を開かれ、もっとも敏感な部分に彼の唇が触れてきた瞬間、彼女はついに悲鳴を上げて、彼から逃れようと激しく身をよじった。だがそんな必死の抵抗にも、彼はびくともしない。両手でしっかりと腰を押さえ込まれ、熱い舌の繰り出す絶え間ない責め苦になすすべもなく翻弄されるうち、意識までが正気と狂気の狭間で揺らぎ出すような気がした。
 
 とうとう打ち寄せる波に全身が激しく震え出したとき、彼女はユンソクの名を夢中になって呼んでいた。それに応えて、彼が彼女に深々と分け入り突き上げると、ついに身体の奥底から、さらなる大津波がうねりを上げて押し寄せてくる。
 喉からどうしようもなく悲鳴がほとばしり、激しく痙攣する間、彼は全身で彼女の身体をしっかりと抱きとめてくれていた……。



*** *** ***



 コリアデジタル本社ビルは、ソウルのオフィス街の文字通りど真ん中にあった。

 ダークブラウンの高層建築ビルの回転式の自動扉を入って、銀行の入り口横からエレベーターに乗る。二階からがコリアデジタル・グループのオフィスになっていた。

 今、その三階会議室では、橋本と奈美が準備した資料をもとにプレゼンを展開していた。
 両社タイアップしての家電製品の共同開発と日韓同時販売の企画資料を、ノートPCから前方の大型スクリーンに映写しながら橋本とともに堂々と打ち出していく奈美の姿を、コリアデジタルの重役達に混じってユンソクは黙って、そして真剣な表情で見つめていた。


 ふと場内がざわめいた。奈美がスクリーンから扉に目を向けると、恰幅の良い初老の堂々たる紳士が、会議室に入ってくるところだった。ユンソクはじめ重役達が席を立ち、礼儀正しく出迎えている。
 紳士はユンソクをじろりと一瞥するなり、彼の上座に腰を下ろした。そして渋い顔を説明している橋本ではなく、通訳している奈美の方にまっすぐ向けてきた。鋭い眼が射抜くように奈美を見据える。まるで射すくめられたようになり、思わずごくりとつばを飲みこんだ。
 そのとき違う席から質問が飛んだ。素早く意識を切り替え通訳して応えながら、彼女は再びプレゼンに集中していった……。


 二時間半にわたるプレゼンテーションと質疑応答の後、会議は無事に終了した。

 おおむねよい感触だった。まだ社内で検討事項は残っているものの、結果は良好と言えそうだ。
 資料をまとめ、橋本とともに会議室を出た奈美は、廊下で待っていたユンソクに呼び止められた。

「橋本さん、黒木さん、お疲れ様でした。見事なものでしたよ。思った以上に良い成果が得られそうです。これからさらに忙しくなりそうですね。それから黒木さん、会長が今からあなたにお目にかかりたいとおっしゃっています」
「え? わたしに、ですか?」
 突然の話に面食らい、ユンソクから橋本に視線を移すと、橋本も聞いていないぞという表情で、首をかしげている。
「そうです。会長からあなたにお話があるそうですよ。というわけですので橋本さん、申し訳ないですが、重役達との昼食会にはお一人でお願いします」
「ええっ、そりゃ困りますよ、パク理事! 彼女がいてくれないと会話が……、ぼかぁ全然だめなんだから……、ちょっと黒木君!」
 困り果てたように素っ頓狂な声をあげている橋本を残し、ユンソクは奈美の腕をとると、その場からさっさと連れ出してしまった。

「あ、あの……、パク理事、じゃなかった本部長、ど、どういうことですか? さっき、わたし何か重大なミスでも?」
 驚き慌ててそう問いかける奈美をちらりと横目で見下ろすと、ユンソクは一つ大きなため息をついた。
 折しもやってきたエレベーターに彼女を引っ張り込むなりドアを閉め、それから突然ボタン下のカバーを開くと、停止ボタンを押してしまった。
「何をなさってるんです……?」
 上がり始めてがくんと急に止まったエレベーターにますます面食らい、困惑したように尋ねる彼女を見ながら、ユンソクは完全にあきれ返った、と言わんばかりに腕を組んで、エレベーターの壁の鏡板にもたれかかった。

『やれやれ。夕べの今日で、まだそんなにも他人の顔ができるんだな、君って人は……』
『……あの……?』

 プレゼンの緊張のあまり、確かに午前中はそのことを忘れていた。いや、決して考えないようにしていた、と言うべきだ。
 今、彼と向き合うなり昨夜の奔放な行為の記憶が蘇り、奈美は思わず真っ赤になって目を逸らしてしまった。
 ユンソクは少しの間、面白くなさそうに彼女を眺めていたが、やがてまあいいか、と少し笑ってすねた表情を緩めた。

『さっきプレゼンの途中会議室に入ってきたのは、僕の親父でね……。今から食事をしながら、君と話したいと言うんだ』

 コリアデジタルの会長とは、すなわちパク・ユンソクの父だった!

 その事実を思い出すなり奈美は驚いたように、ユンソクを見上げた。
 先ほど、あの紳士からまるで吟味するような、心の奥まで刺し貫くような眼で、一挙一動を見られていた事を思い出すと、心臓がまたしてもひっくり返りそうになる。
『どうしてあなたのお父様が、わたしに?』
 おそるおそる問いかけると、ユンソクは今度こそあきれ果てた、というように、彼女の腕を掴んで身体をぐいと引き寄せた。

『昨夜、僕の腕の中で寝入ってしまう前に、僕の言葉に君が何と答えたか、覚えてないとは言わせないよ。もう手遅れだね。君は僕と結婚するんだ! まず親父に紹介するのは当たり前じゃないか』

 結婚……?

 結婚ですって? いったい、いつそういうことになったの?
 話が完全に理解不能に陥った。

『で、で、ですが……、べつに何も言われなかったような気がするんですけど……? あのとき、わたしもう眠くて半分訳がわからなくて……』
『まだそんなふうに言い逃れるつもりかい? もう逃げるにはちょっと遅過ぎると思うけどね。君ならここでも十分やっていけるよ。大丈夫だ。たった今、君自身がそれを見事に証明したばかりじゃないか。親父も実際に君を見て、ようやく納得してくれた。……もっとも、かなりしぶしぶなのは認めるけどね。あとはこれからさらに、君のことをよく知ってもらう以外ないだろうね』
『………』
 パニックのあまり文字通り、頭が真っ白になってしまった。返す言葉もないとはこのことだ。
 そんな彼女にユンソクはじれったそうなそぶりを見せた。
『まだ何かあるかい?』
『でも、でも、結婚だなんて……』
 考えてもみなかった、と呟いていると、さらに強い声で畳み掛けられる。
『昨夜もう一度はっきり言ったはずだよ。君は僕の女だ。僕だけの。もう勝手にどこにも行かせないし、誰にも渡さない!』
『そうよ、そのひどい言い方ったら! まさかそれがあなた達の結婚の申し込み方だって言うつもりですか? 信じられないわ!』
『ああ、そうじゃないか! わからなかったのか?』

 それは本当に知らなかった……。奈美は息を呑んで彼の顔を見つめた。

 ……僕だけの女になってくれ……。

 その言葉ならずっと前にも聞いた覚えがある。そうだ。初めて彼に抱かれた一年前のあの夜にも、確か……。
 あれは単なるその場限りの情熱的な言葉だと思っていたけれど、本当はもっと深い意味があったというの? わからない。それに考えてもみなかった。そんなこと学校でも習わないし、他の人から言われたこともない。第一単純に言葉を訳しただけでは、絶対にわからないじゃないの……。

 しばらく呆然としたあと、奈美はとうとうくすくすと笑い出してしまった。
 ユンソクは何がおかしいんだと言わんばかりの顔で眺めていたが、急に晴れ晴れとした彼女の表情を見て、明らかにほっとしたようだった。
 奈美は半ばあきれたように、ユンソクに言った。
『そんな男の傲慢そのものみたいな言葉でプロポーズされても、外国の女には絶対に通用しません。はっきりわたしにもわかるように、おっしゃって下さらないと』
『え?』
 彼女の表情の変化を半ば見とれるように眺めていたユンソクは、突然の言葉に面食らったように考え込んでしまった。それから彼女の言う意味にようやく合点がいったようだ。少し照れた微笑がゆっくりと広がった。

 やがて、彼はそっと彼女の片手を取り上げ日本語で言った。

「奈美さん、サランヘ。君をずっと愛しています。どうか僕と結婚してください。……これならいいのかい?」
「……は、はい。……でも、やっぱりちょっと待って……」
『待ったさ、もう一年以上もね』
「そんな……」

 言葉に詰まり涙ぐんだ奈美の顔を、ユンソクの両手が包み込むようにそっと持ち上げた。待ちかねたように互いの唇が、互いを求めて再び出会う。
 しばらくそうやって抱き合ったまま酔うように漂っていたが、エレベーターの緊急コールボタンが点滅しはじめると、今どこにいるかを思い出し、二人は顔を見合わせ同時に噴き出してしまった。
『いけない。このままじゃエレベーター係員が来てしまう』
 ユンソクが笑いながら停止ボタンを解除する。


 彼の嬉しそうな笑顔を見ながら、奈美は心から思っていた。
 この人の笑顔をずっと見ていられるなら、何があってもきっとやっていける。
 彼なしに日本で暮らすより、はるかに充実した素晴らしい日々を過ごせるに違いないから……。

 会長室に続くフロアでエレベーターのドアが開いた。
 彼に腕を取られゆっくりと並んで歩きながら、奈美は彼とともに歩ける幸運をつくづくと噛み締めていた……。



〜〜 FIN 〜〜


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07/02/14  再掲載
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