backnext



〜 再会の季節 〜


PAGE 3


「アブナイ運転してるなぁ、ゆーすけクン。いつも彼女さん乗せてそんな運転してるの? そのうち隣に乗ってもらえなくなっても知らないよ。今のうちに忠告しとくから」

 やっと駐車場に降りた途端、口から文句がどっと溢れた。雄介のあからさまに皮肉な表情を無視し、わたしは先立つように東京湾を囲むビーチの歩道をどんどん歩き始めた。
「風が気持いい。それにきれいだねぇ」
 ライトを浴びて浮かび上がるレインボーブリッジ。東京で最も綺麗な夜景が楽しめる夜のお台場ビーチは、文字通り恋人達の囁きの場だ。ベンチを占領しているカップルを横目に、わたしは妙にはしゃいでいた。
 磯の香を含む湿った夜風が、時折わたしの肩まで伸びた髪を揺らしていく。
 対岸に見えるライトアップされたビルを眺めながら、久し振りに雄介と二人で歩いた。歩きながら今日のニュースから職場の出来事、さらに得意先のグチまで、思いつくことを片っ端からしゃべり続ける。
 雄介はうるさがりもせず、合槌を打ってくれるわけでもなく、ジーンズのポケットに軽く手を突っ込んだまま、ただいっしょに歩いてくれた。
 そんな彼の隣は、わたしにとってやっぱり居心地がよかった。


「ココまで来ると落ち着くね……」
 周囲に人影が途絶える辺りまで来て、わたし達はようやく足を止めた。
 ぼんやりと暗い海面を眺めるわたしの横に来た雄介が、顔の上に乱れた髪を撫で付けてくれる。
 わたしの心臓がとくんと小さな音を立てた。対岸の光に背を向けた雄介の顔は半ば陰になっている。
 彼を正視できず、とっさに背を向けた。その途端、身体に両腕が回され、背後から引き寄せられてしまった。

「雄介……?」
 ああ、この腕のぬくもりはちっとも変わっていない。昔ここはわたしの休息地だった。今はどんな人が憩っているんだろう。
 そんなことを考えながら、わたしはひと時与えられた慰めに甘えるように目を閉じ、彼にもたれかかった。表情を見られたくなかったから、この体勢はちょうどいい。
「ほら、もう前置きは充分だろ? そろそろ話せよ、絵里」
 まるで、子供をあやすように彼がわたしを軽くゆさぶった。びっくりして思わず問い返す。
「えっ? 何を?」
「この期に及んでばっくれるなよ。喧嘩したんだろ、例の男と。それで突然俺を思い出してくれたってワケ?」
「例の男……って?」
「お前の今の彼氏さ。俺が知らないと思ってた?」
 彼の声はまるで強いるように、ひどく単調に響いた。
 どうしてわかったんだろう。図星指されて身を硬くしたわたしは、その腕から抜け出そうともがき始めた。
 その動きに比例して、締めつける腕にも力がこもる。とうとうまったく身動きができないほど、きつく抱き締められてしまった。わたしの心臓は今や外に聞こえるほど大きく鳴り響いている。耳元で低い声が聞こえた。
「やっぱり当たりだな。お前のことだから、そんなトコかなと思った。何かあるとすぐ顔にも声にも出るわかりやすい性格だよな。そういうトコも変わってないよ」
 かまかけられた……の?
 わかった途端、無性に腹が立ってきて、彼の腕の中でさらに暴れ始めた。
「ゆーすけの意地悪! デリカシーなし男! 最低!」
「どっちがだよ。お前、それは完全に八つ当たりだって。うわっ、よせ、やめろ」
 困惑する声にもお構いなしにもがいているうちに、とうとう二人して尻餅を付いていた。
「あーあ、何やってんだか、俺達……」
「ゆーすけが、さっさと手を離さないから……」
 言い訳がましく呟くわたしを引っ張って、雄介は苦笑しながら立ち上がった。
 前かがみになってわたしのスカートと足についた砂を払ってくれる。彼の頭を見下ろしているうち、とうとう何かがぷつりと切れるのを感じた。彼が顔を上げたとき、わたしは自然に彼の胸にすがりついていた。

 インディゴブルーのシャツの胸元が次第に濡れて色濃さを増していく。それでもわたしはしゃくり続けた。最初驚いたように肩を強張らせた雄介は、やがて大きなため息をつくと、再びわたしを包み込むように背中に腕を回してしっかりと抱き寄せてくれた。
 彼にまた包まれた安心感から、わたしの涙腺はますます緩みっぱなしになった。
「そんな奴のために、お前が泣くなよ、絵里……」
 最低男のために泣いてるわけじゃない。
 心の中でそう答えたけれど、どうして泣いているのか、自分でも量りがたかった。
 雄介はわたしの名を幾度も繰り返し呼んでいた。やがて両手でわたしの顔を包み込むと、ほとんど無理に上げさせた。
「見ないで……。ひどい顔……してる」
 わたしの濡れた顔を覗き込んだ彼の眼に、何か強い痛みのようなものが覗いたとき……。
 出し抜けに雄介の唇が、額に押し当てられた。わたしは足の震えを何とか止めようとしながら目を閉じた。
「キス……するからな」
 確認するところが、実に雄介だ。耳元で囁かれたとき、わたしは自ら求めるように顔を上げ、降りてきた彼の唇を受け止めた。雄介とのキスは、いつでもとてもよかった。わたしの口はまだ覚えていた懐かしい味を夢中で味わい始めた。

 そのまま、わたし達はまるで憑かれたように唇を重ね合った。彼の身内にこもる熱にあおられ、わたしの全身も火照り始める。彼が引く気配を感じると、嫌だと言うように彼の首に腕を回し、さらに胸と胸を密着させた。合わせた唇から逆に深く舌を差し入れ、彼の口内を丹念に探っていく。
 まるで火がついたように、彼をもっと感じたくてたまらなくなってきた。わたしは彼のシャツのすそをジーンズから引き出すと、中に手を入れて滑らかで引き締まった腹部に手を滑らせ始めた。
 抗議の呻き声をもらした雄介が、引き剥がすように顔を上げる。

「絵里……」
 彼の息も上がっていた。はぁ、と息を荒げながらわたしの顔を覗き込み、かすれた声で問いかける。
「……お前、今俺に何してるのか、わかってる? いったい俺をどうしたいんだよ?」
「今夜一晩だけ、わたしと一緒に居て、って言ったら怒る?」

 ジーンズ越しに感じていた彼の高まりを、指でそっと辿りながらかすれた声で囁いた。雄介の身体が揺れた。わたしは伸び上がるとまるで誘惑するように、もう一度雄介の唇に唇を寄せて行く。

「ね、ラブホ行こう……、雄介」


nextbackTopHome

-------------------------------------------------
14/10/28 更新