Chapter 12

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 警察隊の建物付近に、いつもアーノルドが我が物顔で使っている車が横付けされていた。
 開いている車のドアに向かって乗れと言わんばかりに無言であごをしゃくったホイットリーに、ロイは一歩下がった。
「どこに連れて行くつもりです?」
「わしの屋敷だよ。場所はとうに知っているはずだろう?」
 警戒している彼にこともなく答え、もう一度促す。ついに後部席に乗り込むと、ホイットリーはじろじろと尊大な目を向けてきた。
「君の名は、ロイド・クラインとかいったな。なかなか優秀な弁護士だそうだね」
 ロイはしばらく沈黙していた。走っていく車の中でようやく慎重に切り出す。
「どうしてわたしを解放したんですか?」
「なに、君と一度じっくり話がしたいと思ったのでね。すぐに着くよ」


*** ***


「お父さん、約束って……それはいったいどういう意味なの?」
 パトリシアは部屋まで追いかけていくと、父にそう詰め寄った。
 ニコルズは振り返ると、娘の真剣そのものの顔を見やった。ため息をついて「掛けなさい」と椅子を勧め、自らも向かいに座ると、ようやく重い口を開いた。

「お前達の婚約のことだ。お前にはホイットリー家の誰かと結婚してもらいたいのだよ。だが長男のデイッキーはかなり齢が離れている。だから、アーノルドがいいだろうとわたし達は考えたのだ……」
「い、いやです! 絶対にいやよ。なぜそんなことをおっしゃるの? ホイットリー一族がどういう人達なのか、お父さんだってよくよくわかったはずじゃないですか!」
 父はまた深々とため息をついた。
「今度のことではわたしもつくづく自分を責めているよ。力が及ばなかったのは事実だ。トーマスを説得できなかったのだからね。あれも昔はあんな男ではなかったのだが……。だが良くも悪くも、彼らとは今後とも付き合っていかねばならんのだよ」
「どうして?」
「わたしがトーマスと、長年共同で事業をしてきたのは知っているね、パトリシア」
「……ええ、少しは」
「正確には二十六年前だ。その頃共に事業を始めたばかりだったわたしとトーマスは、手始めに共同名義でカナダ北部に広大な土地を購入したのだ。それから十年に渡り調査を繰り返したところ、その土地の一部に、相当の埋蔵量が予想される地下資源がある可能性が出てきたのだよ。凍土採掘の技術が進めば、もっと本格的に稼動できるようになるだろう。お前達の代にはさらに重要になってくるかもしれないものだ」
 ふと、父はどこか遠くを見るような目つきになった。
「その後、トーマスは鉄道事業にのめりこんで行き、わたしは相変わらずの土地取引で通している。だが、最初の共同名義は今も変わらずに残っているんだ。わたし達は互いの縁組によってそれを守っていこうと約束したのだよ。その権利証は今もわたしが持っている」
「そんな……」
「今回は結局、手持ちの鉄道債と鉄道敷設用地だけをラトランドに言値で売却した。それが彼らにとっては急務だったようだ」
 パトリシアは初めて聞く父の話に完全に途方に暮れたように、力なく頭を振った。
「わからないわ。それならどうして鉄道債の不正までするの……? トーマス伯父様は」
「地下資源が利益を生み出すのは、まだずっと先のことかもしれない。もちろんわたしもトーマスに訴えたんだ、パット。だがラトランドの連中が言葉たくみに持ち掛けてきた誘惑に、トーマス達は目がくらんでいるのだろう」
「地下資源……、土地……。それじゃ、そのためにトーマス伯父様はエミーリア伯母様と結婚したの? そして……わたしにもあのアーノルドと結婚しろとおっしゃるの?」
 パトリシアはうつろな目を父に向けた。父の目に困り果てたという色が浮かぶ。
「エミーリア伯母さんは、今の暮らしに十分満足しているんだがね。わかっておくれ、パトリシア。何よりお前のために良かれと思って結んだ縁組だ。わたしもこれまで、良心に恥じないように生きようと努力してきたつもりだった。今度のことでは……ついにその軌道に背いてしまったわけだがね。そしてお前達のことに関して言えば……」
 長い話を締めくくるように、父は彼女にこう提案した。
「お前がどうしても嫌だと言うなら、婚約期間を延ばしてやることはできる。その間にもう一度アーノルドとじっくり話し合ってみてはどうだろう? これまでずっとお前とアーノルドは仲良くやっていたじゃないかね。血気盛んな若い者のことだ。時に喧嘩をすることも、かっとなってやり過ぎることもある。見たところお前は今、その男にかなりのぼせあがっているようだが、時間が経って冷静になれば、人生には何が一番大切なのかわかってくるだろう……」
「お父さんが帰ってきたら、そのことも全部話そうと思っていたわ……」
 パトリシアはポツリと呟き目を伏せた。
 父に言いたいことは山ほどあったはずなのに、肝心の今、何をどう説明すればいいのかわからなくなってしまっていた。そして説明すればわかってもらえるのか、さえも。
 思考が麻痺した頭でぼんやり座っていると、窓の外で車の音がした。

 トーマス伯父が帰ってきた!

 パトリシアははっとして立ち上がり、急いで部屋を出た。伯父を迎えにまっすぐ階段のポーチまで駆け降りた彼女は、自分の目を疑うようにその場に立ち尽くした。

 ロイが、伯父に続いて階段を上がってくる!

 ウェスコットが届けてくれた衣服一揃いをきちんと身に着けたロイは、疲れ切っているだろうにもかかわらず、決してこの派手な屋敷に見劣りしなかった。
 顔を上げて堂々と歩いてくる姿を目にしただけで、鼓動が一気に跳ね上がる。
 その時彼もパトリシアに気付いたようだ。驚いたように目を見開き、瞬間、二人の視線が熱く絡み合った。我知らずパトリシアの目から涙が溢れてくる。
 だがロイは彼女に声をかけることもしないまま、伯父に続いて傍らを通り過ぎると、書斎の中に消えていった。
 後を追いかけて書斎に入っていく勇気は、今の彼女には到底出せなかった。


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17/06/07
次回、第一部ラストです〜。