Chapter 20

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 無言のまま大またに階段を昇ると、ロイは自室の扉を肩で押し開けた。
 窓から差し込む月の光が、暗い室内を青白く照らしている。

 腕の中できつく目を閉じ、震えているパトリシアの額にもう一度なだめるようにキスをして、そのままベッドに下ろした。髪を乱して横たわる彼女が、全身を強張らせているのがありありと窺える。

 またいきなり無茶をしてしまった。どうやら怖がらせてしまったらしい。

 だが、今なんと声をかければいいのかさえ、もうわからなくなっていた。ロイ自身、高ぶり過ぎた感情を持て余していたからだ。彼女の気持など斟酌せず、すぐにも衣服を引き裂いてしまいたいという衝動に抗うので精一杯だった。
 落ち着け、落ち着かなければ……。

 荒くなった呼吸が収まるまでしばらく無言で見下ろしていたが、やがてじれたように彼女の顎を持ち上げた。
「……僕を見てくれ、パット」
 切羽詰った声で請うと、パトリシアがまつげを震わせ目を開いた。そこに不安と怯えの色を見て、ロイは自分をののしった。かがみこんで、紅潮した頬にキスを落とし、くぐもった声で問いかける。

「僕は君が欲しいんだ。今すぐ……、いや、正直に言ってしまえば、この家に着いてポーチを駆け下りてくる君を見た瞬間から欲しかった。もっとだ……。離れている間も、ずっとずっと欲しくてたまらなかった……それこそ気が狂いそうなほどだったよ!! ……だけど、君が結婚式の夜まで待てと言うなら……、もし君に……まだそこまでの心の準備ができていないなら、今夜はこれ以上手も触れないと約束するよ。聞かせてくれ。君はどうしたい?」

 パトリシアはゆっくりと身を起こすと、愛する男性を同じ目線から見つめた。熱情に曇った彼の表情を、月が半ば隠している。そっと手を伸ばし頬に触れると、彼がびくりと震えた。今も、必死で自分を抑えているのが、ありありと伝わってくる。

 本当にこの人らしい……。
 あまりにも急な成り行きに、思わず緊張した心がほぐれると、今度は笑みが浮かんできた。
 あなたはいつも自分の気持を後回しにしようとするのね。わたしの気持なんて、とうの昔に定まっているのに……。

「……ただちょっと、びっくりしただけ。どうしてわたしが嫌がると思うの? わたしだって離れている間も、いつもあなたのことばかり考えていたのよ。このときを夢にまで見ていたのに……。ロイ、あなたを愛しているわ。紳士的なあなたもそれは素敵だけれど、わたし達に残された僅かな時間がもったいないと思わない?」

 聞くなり、彼の口から噴き出すような笑いが漏れ、二人を取り巻いていた緊張感が瞬時に解けた。
 彼がそっとベッドに腰を下ろすと、彼女の顔を覗き込むようにして微笑みかける。女ならきっと誰でも一度で惚れ込んでしまうような、爽やかな笑いの滲んだ青い瞳。その目で見つめられるだけで頭がくらくらする。
 彼がなおも笑いながら、彼女の手をとり優しく口付けた。

「まったく……君にはかなわないな。きっと一生、僕は君に頭が上がらないんだろう……。パトリシア、愛してるよ、心の底から。ずっとずっと君だけだ……。生命が終わる瞬間まで、これだけは絶対に変わらない……。誓うよ」

 それ以上はもう何も言わずに、彼女を腕の中に引き寄せた。
 途切れ途切れの不器用な言葉は、彼の真摯な思いをより強く感じさせた。もう何も迷いはない。パトリシアは目を閉じ、ロイに全てを委ねた。

 唇がふさがれ、ゆっくりと熱い舌が口内に滑り込んできた。飢えたように舌を絡ませ合いながら、彼の片手がもどかしげにスカートからブラウスを引き出し、ボタンをはずしていく。薄い下着越しに、透けて見える乳房にキスされ、思わず鼻にかかった声を漏らした。隔てる衣類が取り去られていくにつれ、彼との距離がどんどん縮まっていくようだ。

 とうとう身を覆うもの一つなく彼の下に横たえられたとき、パトリシアは自分がこの愛の前に完全に解放されたことを知った。


 ロイにとって、それは永遠とも思える時間だった。はやる気持を抑えるのに、とうに擦り切れて火が点きそうな自制心を、またもや総動員しなければならなかったほどだ。
 立ち上がって自分の衣服を脱ぎ捨てると、ゆっくりと彼女に覆いかぶさっていった。
 もはや二人を隔てる障壁は何一つない。ぴったりと肉体を合わせた瞬間、互いの中に胸も痛くなるような歓喜が込み上げてきた。見交わす目に何故か涙が滲む。気がつくとロイは、これ以上できないというほどきつく、彼女の身体を抱き締めていた。

 素肌を重ねた感覚は鮮烈だった。身震いしながら、飢えたようにさらに幾度も唇を求め合う。
 やがてロイは身を起こすと、パトリシアのしなやかな肉体に情熱の探索を開始した。白い首筋にかかる黒髪をかき分け、熱い口付けを落としながら、滑らかな肩の線を辿って腕に、そして豊かに張った白い乳房に至る。
 かつて夢の中で幾度も味わおうとしながら、虚しく消えていった柔らかな感触が、今現実にここにあった。まろやかな丸みを両手で思う様堪能し、ベリーのようなみずみずしい先端を交互に口に含む。パトリシアが息を呑んで声を上げても、もはや抑えることなど到底できなかった。そのとき、彼女の指が彼の髪に絡まり、もっともっと、とせがむように強く引き寄せられる。
 思う様、白い頂を弄んだ指先と唇とが、更に下方に滑りおりていき、滑らかな腹部を味わいながら、ついに女性の最も神秘の部分に到達しようとした。
 そのとき、はっと息を呑んで大きく身をよじった彼女の反応に、ロイは思わず顔を上げた。おびえたように目をきつく閉じて唇を噛んでいる。
 肩に痛みを感じた。華奢な爪が自分の肩に食い込んでいることに、今ようやく気付く。
 まだ駄目か……。ぐっと自分を抑え、今度はしなやかに伸びた脚の方に手を伸ばした。
 宥めるように手のひらで白いふくらはぎの滑らかな曲線を撫でながら、耳元にそっと囁きかける。

「身体の力を抜いて……。何も怖がることはないんだ。君はきれいだよ、パット。本当にきれいだ……。僕がどんなに今の君を見たかったか、焦がれてきたか、君には絶対わからないだろうな……。君が嫌がることはしないよ。ただ見て触れたいんだ、君の全てに……」

 彼女の潤んだ瞳がうっすら開き、泣きそうな顔で微笑み返してきた。そんな彼女の唇にもう一度長いキスをしながら、閉じられていた膝を開くと、奥の熱さを確かめるように指を一本滑り込ませた。
 今度こそ、パトリシアの喉から鋭い喘ぎが上がった。驚きの目を見開いて彼を見上げる。だが、彼はもうやめてはくれなかった。

 浅瀬の戯れが始まると、たちまち、拒みたいような拒みたくないような不思議な感覚に襲われた。唇を噛みしめていないと叫び出しそうだ。
 やがて彼の指先が、濡れた真珠のような小さな突起を探り当てた。思わず悲鳴をあげてその手を払いのけようとしたが、強い腕はびくともせず、さらに愛撫を深めてくる。漏れる声を押し殺すことなど、もはや不可能だった。

 時に優しく緩やかに、時に強く性急に、こすり続ける彼の指先に熱がこもってくるにつれ、その部分から目もくらむような感覚が果てしなく体中に広がっていく。
 これはいったい何だろう? ただその感覚に飲み込まれ支配されて、それだけが今の自分を取り巻く全てになったような気がするほどだ。
 長年身につけてきた慎みも礼節も全てかなぐり捨てて、ただ、もっともっと欲しい、と乞い願わざるを得ないほどの強烈な歓び……。身悶えしてその甘い拷問から逃れようとしても、たくましい男の力に抑え込まれて身動きすら取れない。


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17/10/28