Chapter 20

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「お、お願い、お願いよ……、ああ! もう駄目……、これ以上耐えられない!」
 とうとうすすり泣いて彼の背中を引っかき訴える。せがむように声を上げて見上げると、ロイが目を細めて自分をじっと見下ろしていた。
 彼の額や首筋からも、汗が雫となってしたたり落ちている。
「来て……。来てちょうだい」
 夢中で彼に抱きつき呼びかけた。だが、言葉を封じ込めるようにまた激しく唇を奪われ、もう何も考えられなくなる。
 今あるのは、折り重なった互いの肉体だけ。愛の行為の中で研ぎ澄まされた感性だけが、一層敏感に隅々まで相手を感じ取っていく……。

 このまま死んでしまうのかしら。それでも構わない……。

 そう思ったとき、彼がしなやかな両脚の間に膝を付き、彼女の腰を心持ち持ち上げるようにして、ゆっくりと入ってきた。
 一度開かれた身体とは言え、あれから一年近く経っている。行為には、まるで初めてのような痛みが伴った。ロイもまた、何かを堪えるように目を閉じ、呻き声を懸命に噛み殺している。
 何度目かで、彼が彼女の最も深い場所にようやく到達した。その瞬間、パトリシアの内部に白いすさまじい爆発が起こった。
 粉々に砕け散ったのではないかと思うほどの衝撃に全身が痙攣し、我知らず大声で叫んでいた。髪を振り乱し弓なりにのけぞった身体が、たくましい腕にしっかりと抱き留められる。
 爆発の余韻の中、ぐったりと目を閉じて息を弾ませる彼女を、ロイはしばらく優しく抱いていてくれた。
「今のは、いったい……何……?」
 初めての体験に息も絶え絶えになりながら、パトリシアが力なく呟く。ロイがかすかに微笑んで、顔中に労わるようなキスを落としていく。

 だが、それでもまだ終りではなかった。再び熱い口付けを受けてパトリシアが恍惚から我に返ったとき、二人はまだ一つになったままだった。
 彼がゆっくりと動き、太古からのあのリズムを刻み出す。最初はゆっくりと、次第に我を忘れたように腰を打ち付けてくる。
 力強いその動きに、達したばかりで一層敏感になっていた彼女の身体は容赦なく反応した。腰が彼に合わせて激しく揺れ、一つになった歓びを更に引き出すようにきつく締め付ける。
 まるで甘い痛みの中に全身が融け出していくようだった。彼が動くたびに、半開きの唇からかすれた声がほとばしり続ける。
 泣きながら、なおも彼が与えてくれる愛と命の絆を愛おしみ、夢中になって味わった。自らも、もっともっと奥深くへと彼を懸命に誘おうとする。

 パトリシアが初めて見せた、あまりにも激しい姿態を目にし、ロイは完全に圧倒される寸前だった。
 新鮮な驚きと歓喜に心底揺さぶられ、もはや限界だと感じたその刹那、彼女の中できつく張り詰めていた彼自身が、熱く炸裂した。
 次の瞬間、食いしばった歯の間から唸り声を上げると、ロイは愛する女の柔らかな胎に、あらんかぎりの生命の息吹を注ぎ込んでいた……。


どうやら、そのまま意識を失ってしまったようだった。

 素肌に当たるひんやりした感触に重い瞼を開くと、ロイが濡れタオルで汗をぬぐってくれていた。覗き込む目には感嘆と気遣いの色が同時に浮かんでいる。やがて再び傍らに横たわると、精魂尽き果てたように身を任せているパトリシアをキルトで覆いながら、少し心配そうに問いかけた。
「大丈夫かい? かなり無茶をさせたから……」
「……ええ、大丈夫よ……多分」
 疲労困憊していたが、気分はまるで嵐の後の青空のように澄み渡っている。
「今まで……こんなに自由な気持になったことはなかったわ」
 彼の腕が愛しげに絡みついてきて、またしっかりと抱き寄せられた。まるで片時も離したくないというように。
「明日、一緒にシャーロットタウンに行こう。大至急、結婚許可証をもらって来るんだ。それから色々買出しもしないと。……それにしても、このベッド……急いで何とかしなくちゃな。もっと大きいのが必要だ」
 ロイが眉を潜めて小声で毒づいた。確かにこの狭いベッドでは、ぴったり身体を寄せ合って眠る以外方法がない。
 クスッと笑うと、耳元でまた彼の眠そうな呟きが聞こえた。
「パット……、愛している……よ」

 甘い眠りの波にさらわれる直前、パトリシアは満ち足りた笑みを浮かべて頷いた……。


*** ***


「起きてちょうだい、ロイ。とてもいいお天気よ。朝食の支度ができているわ」

 パトリシアの声に優しく耳をくすぐられ、ロイは深い眠りから目覚めた。こんなにぐっすりと眠ったのは、久し振りのことだ。
 窓から差し込む明るい日差しに目をしばたかせたロイは、やわらかな枕の上で身動きした。カーテンを開き、笑顔でかがみ込んだ彼女をぐいと目の前に引きよせる。
「君が起こしてくれるなんて……。それじゃ、あれは夢じゃなかったんだな。今何時だい?」
 柔らかく微笑んだブルーの瞳と、シーツから覗くたくましい裸身にくらくらし、パトリシアは慌てて目を逸らして答えた。
「も、もう、九時過ぎよ、お寝坊さん! 今日はやることがたくさんあるはずで……」
 だが、その言葉は近付いてきた唇にかき消されてしまった。軽い朝のキスが、たちまち夕べの激しい愛の行為を思い出させる情熱的なものに変わっていく。
 パトリシアも目を閉じて、しばらく降参したように委ねていたが、開いていたドアから飛び込んできた犬の吼え声に、はっと我に返った。慌てて彼を押し戻し、立ち上がる。
「ロイったら……、だめよ。お食事にしましょう。早く降りてきてね」
 残念そうに見返すロイに、はにかみながら笑い返すと、仔犬を伴い軽やかにドアの向こうに消えていった。

 彼は、ふーっと大きく息をついて起き上がった。
 夢じゃない。久し振りの我が家には、最愛の彼女がいる!

 昨夜胸に点った希望の灯が、いまや歓喜の洪水となって体中を巡りはじめた。
 明日、彼女と結婚するのだ。他のことなど、もうどうなってもかまわない。
 はやる心を何とか抑え、急いで支度を始めた。いつの間にか、傍らに整えられていた糊の利いた白いシャツとスーツを身につけると、それだけで気分が軽くなる。


 朝食が済むと、二人はすぐに外出の準備を整え荷馬車に乗った。急ごしらえの結婚式のために、今日中にやるべきことは山ほどあった。
 まず、サマセット村の教会を訪ね、それから世話役であるハリス長老の家に挨拶に行く。教会役員でもある夫人が待ち構えたように二人を招じ入れた。

「ああ、ロイド、あんたと森屋敷のミス・ニコルズがお付き合いしてたなんてねぇ。村の誰も考えても見ませんでしたよ。わたしはまた、てっきりディジー……」
 こほん、と咳払いしたロイの顔を見て黙ったミセス・ハリスは、今度はパトリシアに愛想のよい笑みを向けた。
「この村に戻ってきてくれて、とても嬉しいですよ。こんなご時世でなければ言うことはないのだけれどね。ロイは村でも一番、有能で働き者よ。亭主の条件として、これに勝るものはありませんからね」
 まるで身内のことを話しているようだ。微笑みながら頷いたパトリシアに、夫人は大きな身体をゆすって厳粛な顔をして見せた。
「でも、お式の前に、同じ家で寝泊りするのは感心できませんね。だから、ミス・ニコルズ。シャーロットタウンから戻ったら、今晩はうちにいらっしゃいな。明日はここで、支度して出発するといいわ」
 いたずらを見つかった子供のように黙り込んだロイの隣で、パトリシアがぱっと頬を染める。それには気付かなかったように、ミセス・ハリスはふくよかな顔を和ませ、ロイの背をぽんと叩いた。
「ネッタが生きていれば、この日をどんなにか喜んだだろうね。代わりに心からおめでとうと言わせてもらいますよ。あなた達、とてもお似合いですよ。……そうそう、明日のプライズメイドはお決まり? あら、それじゃ姪のリジーがいいわ。ちょっとこっちにいらっしゃいな」

 そこへ、マジソン商店の女将さんが近所の婦人を伴い訪ねてきた。たちまち花嫁が取り囲まれてしまう。
 結婚式で張り切るのは、いつの世も年配の婦人達と決まっているようだ。戦争さえ忘れたように、パトリシアを奥に引っ張っていくと、戸棚をかき回してはアクセサリーやリボンを取り出し、困惑顔の彼女に薦めている。
 これは長くなりそうだぞ……。ロイは戸口にもたれてため息をついた。


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17/11/01