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 夜明けの光が薄闇を破って部屋に差し込む頃、サマンサはベッドの上で身じろぎし、ゆっくりと目を開いた。
 自分の部屋ではない。
 思わずベッドに身を起こすと頭がズキンと疼くように痛んだ。身動きした途端、自分が何も身につけずに、眠っていたことに気付く。

 途端に、昨夜の記憶がどっと蘇って来た。
 そうだわ。突然、押さえ付けられ無理矢理ビールを飲まされた。クリフが助けてくれて、部屋まで連れて来てくれた。そしてわたしは……、わたし達は……。

 サマンサは途方に暮れて額に手をやり、もつれてくしゃくしゃになった前髪をかき上げた。
 恐る恐る傍らを盗み見る。彼も既に目を覚ましていた。シーツの下にゆったりと横になった姿勢とは裏腹に、クリフの青い瞳は、僅かな仕草一つ見落とすまいとするように、自分をじっと見上げている。
 その真剣そのものの眼差しに出会い、どぎまぎして再び目を逸らしてしまった。


 いそいでシーツで身体を覆いながら、乱れた髪を指ですいてみる。
 こういう時、何か気のきいた映画のセリフでも言えればいいと思うが、ぼんやりした頭からはウィットのカケラも浮かんでこない。もっと世慣れた女らしく振る舞って、このショッキングな事態を、見せかけだけでも何気なく乗り切れたらいいのに。
 だが、自分にそんな才覚など、到底ないのは分かり切っていた。

 その時マシューのことを思い出し、ぎょっとした。昨晩から完全にほったらかしにしている。早くあの子の様子を見に部屋に戻らなければならない。
 サマンサは覚悟を決めて、クリフに背中を向けそのままベッドから降りようとした。
 その時、クリフの力強い手が彼女の腕を掴んだ。素早い身のこなしで起き上がると、サマンサの裸の肩を押さえる。耳元で少し怒ったような低い声が聞こえた。

「朝の挨拶もなしに、行ってしまうつもりかい?」
「子供の様子を見に行かないと……」
 サマンサはクリフから視線をそらしたまま、小さく呟いた。
「マシューなら心配は要らないさ。まだ五時過ぎだ。それに起きて泣けば声が聞こえる」
「そう、でも……」

 ああ、彼の顔をどうしたらまともに見られるのだろう。あまりのバツの悪さに、またも横を向いてしまう。
 その時、彼女の顎に力強い指がかかり、強引に顔を向けさせられた。物問いたげなクリフの青い目が、間近にあった。思わず一瞬目を伏せた。
「どうした?」
「どうしたって……」
 早く出て行かなければ。こんな至近距離では、落ち着いて何も考えられなくなる。
 彼もまだ、何も身につけていないらしかった。この状況を一体どう切り抜けたらいいの? せめて彼の傍らにかかっている薄手のローブにでも、手が届けばいいのに。サマンサは唇を湿らせ、思い切って口に出した。
「そのローブ、貸してもらえないかしら?」
 その刹那、クリフの目に光が走った。サマンサの二の腕を掴む手に力が入り、強引に身体を引き寄せる。

 あっと思う間に、彼女は再びベッドに横たえられ、彼のたくましい身体が覆い被さってきた。
 またもや長いキスが始まる。彼の手と唇がサマンサの欲望を掻き立てるように、唇をついばみうなじを滑って、鎖骨へ、そして胸のふくらみへと至る。心臓が今にも破裂しそうに打っているのが、彼にも聞こえているに違いない。

「クリフ……、だめ、だめよ」
 頭を左右に振って、あえぎながら止めようとするサマンサの言葉は、彼の熱いキスに封じ込められてしまった。
「君も、望んだはずだよ。忘れたかい? それじゃ思い出すことだね」

 口元で囁きながら、顔も上げずに更にキスを深めて行く。彼によって、自分自身も知らなかった体中の敏感な場所を探り当てられ、次第に何も考えられなくなってしまった。
 全身の感覚が切ない程呼び覚まされ、息もできないほど高まって来る。ついに二人は再び一つになった。彼の力強い動きにつれて、固く閉じたサマンサの瞼の裏に、目も眩むような閃光が走り、思わずクリフの背中にすがりつき、その名を呼んでいた。
 手の下で彼の背中が固く張り詰めるのを感じた瞬間、のけぞった彼の喉からも、短く鋭い叫び声が漏れた。大波にさらわれ浮き上がった身体が、次にはどこまでも滑り落ちていくようだった。



 ようやく波が引き、さっき生まれて初めて味わった嵐のような感覚も、徐々に静まって行った。
 身体はまだ汗ばんでいる。サマンサがそっと目を開いた時、クリフは彼女が重くないように身体をずらし、並んで横たわった。
 ふと、彼の目の中に、ある表情がちらりと浮かんで消えた。まさか……、不安だろうか?
 だがそれはどうやら錯覚らしかった。次の瞬間、彼はいつもの微笑みを浮かべて、まださっきの余韻に煙るブルーグレイの瞳を覗き込んだ。

「サマンサ」
 髪を撫でられ、かすれた声でそっと呼びかけられる。そこに今まで感じたことのない、ぞくっとするような心地よい響きを感じ、サマンサは目を見開いて、目覚めてから初めて彼の顔をまともに見た。
 自分の気持ちは、もう否定できないくらい大きく膨らんでしまっている。

「後悔してるかい?」
 クリフがそっと問い掛けた。彼女が黙って左右に首を振るのを見て、ほっとしたように小さく息をついた。
「でも、あなたは?」
「僕が何?」 優しい瞳がこちらを見ている。
「ミリアムさんに、すまないとか……」 
 言ってしまってから、思わず舌を噛み切りたくなった。隠れた不安は、こういう場面にすらつい現れてしまう。その瞬間クリフの顔から微笑が消え、むっとしたように表情を曇らせた。
 赤い髪に愛しむように触れていた手が、ゆっくりと滑らかな頬からあごへ滑ると、彼女のあごを持ち上げ瞳を覗き込む。
「何か誤解してるようだね。ミリアムとは、単なる友人に過ぎないと昨日も言ったはずだが」
「でも……、それはわたしも同じじゃないの? そうでしょう?」
「いったい何が言いたいんだ? 君は」
「友人として、起こってはならないことが起こってしまったのは、認めなくちゃならないわ」

 サマンサは彼の手から逃れるように仰向けになった。隣に横たわるクリフのハンサムな顔から、視線を天井に移す。考えをまとめなければならなかった。こんな事態になってしまったとはいえ、これ以上クリフの負担になることは絶対に避けなければならない。それでなくても先日から迷惑をかけっぱなしなのだから……。

 夕べのことは、思い出せる限りではむしろ自分の責任だ。そして事実、全く後悔してはいなかった。むしろ大きな喜びすら感じている。サマンサの中で押え付けられていた無意識の強い願望が、アルコールの力で解き放たれてしまっただけなのだ。
 自分はもう大人だ。マットの時と同じ失敗は二度と犯したくないが、起こってしまった以上、何とか冷静に対処していかねばならない。

 自分の考えに夢中になるあまり、サマンサは、クリフの表情が一瞬固く強張り、それから面をかぶせたように冷たくなったのを、見落としてしまっていた。
「本当にごめんなさい。でも気にしないで、このことはもう忘れましょう。わたし達はこれからも、変わらず友達でしょう?」
 同意を求めるように、彼を見る。


 突然、クリフは荒々しくシーツを跳ね除けて、起き上がった。身体を覆うこともせずに、そのままシャワールームへ入ると、ドアを壊さんばかりに、叩き付けるように閉めてしまった。激しく水を出す音が聞こえて来る。

 サマンサも、ため息をつきながら立ち上がった。そして頭痛を押さえてベッド脇に散らばった衣服をかき集め身につけると、いそいで部屋から出て行った。



 まぶしい朝日の差すMt・R牧場を、クリフは愛馬を駆って闇雲に走っていた。
 やり切れない思いが、彼を責め立て、とんでもない行動を引き起こしてしまいかねなかった。今カウボーイの誰かが、僅かなへまでもしようものなら、激しく怒鳴りつけて、たちまちクビにしてしまうに違いない。

 俺は馬鹿だ! 阿呆だ! まったく救いようがない! 

 彼は内心で、口を極めて自分をののしっていた。
 彼女が自分に求めているのは友情なのだ。それは出会った時から、よくわかっていたはずだ。それを夕べのようなことがあったからと言って、すぐさま彼女が気持を変えて、恋人になると期待するなど、大馬鹿もいい所だった。


 だが彼女への渇望は、ますます抑え難くなっていくようだ。これからどんな顔で彼女の前に出ればいい? もちろん頭では、良く分かっている。今まで通り友人として、何気なく付き合っていけばいいのだ。何もなかったような顔をして……。実に簡単なことだ。彼女が自分に期待しているのは、そういうことなのだから。

 それに、今は他に差し迫る急務があった。昨日突然、契約解除を申し出てきたホテルチェーンとの再交渉だ。だが、マット・エイモス・マロリーが背後で糸を引いているなら、再契約の見込みは薄いだろう。このルートがだめになったら、また新たに損失分の顧客を開拓しなくてはならない。プライベートな問題で思い悩んでいる暇などないはずだ。

 サムとホルトのことも気になる。確かに柄の悪い奴等だが、夕べのような問題を起こすとは、思えなかった。この件も至急、はっきりさせなくてはならない。やるべきことは、山のようにあった。だが、どんなに理屈を並べ立てて見ても、一向に気持ちは晴れない。

 駆り立てられるように、クリフは馬に拍車をかけると、朝風の中をさらに疾駆して行った。


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