BACK


番外編 〜 地上のパラダイス 〜 


Page  3


「おやおや、今度は仲人でもしようというのかい?」
 侯爵が眉を上げて、揶揄するように妻を見返した。
「だって! あの二人のお互いを見る目、あなただって気付いたでしょう? 彼女が誰とも結婚したがらないのはきっとそのせいよ」
「ふーむ……」
「何とかならないかしら? ミスター・ジョーンズなら、ミス・メイヒューと一緒にこの素晴らしい土地を守っていけると思うの。あなただってそう思いませんでした?」

 侯爵は窓辺に歩み寄り、しばらく考え込むように黙っていたが、やがて振り向くと、期待を込めて自分を見つめている妻に目を向けた。なるほど、それはそうかもしれない。他人の領域のことで、あまり気乗りはしなかったが、やがて仕方なさそうに頷いた。
「やれやれ、わかったよ。ジョーンズと少し話をしてみよう」
 ローレルは嬉しそうに彼に歩み寄ると、夫の頬にキスした。
「ああ、ありがとう! では、わたしはミス・メイヒューを動かしてみますわ!」
「では、この事業に対する我が妻からのささやかな見返りでも期待することにしよう」

 わざと、仏頂面で言うと、彼はベルを鳴らしてジョーンズを呼び出し、葉巻が吸いたいのだが、と持ちかけた。二人がメイヒュー氏の書斎に向かうのを見送って、今度はローレルがサラ・メイヒューを呼び出した。何か粗相でもあったかと、緊張した面持ちでやってきた彼女に、にこやかに微笑みかけて、椅子を勧める。

「お座りになってくださいな。サラ、そうお呼びしてもかまわないでしょう? 少しあなたとおしゃべりがしたかったの。とても素晴らしいお庭でしたわ。そして、あなたはここの女主人として、本当に立派に管理していらっしゃるのに……」
「お褒め頂き、光栄ですわ、レディ・アシュバートン。庭園と敷地の管理は、ジョーンズに全て任せておりますの。彼はとてもよくやってくれています」
「わたしのことも、どうかローレルとお呼びくださいね」
 ローレルは優しく微笑むと言葉を切って、相手をじっと見詰めた。
「ねぇ、サラ。それなのに、どうしてご結婚なさらないの? ミスター・ジョーンズと」
 突然核心に切り込んだローレルに、サラ・メイヒューは真っ赤になって口ごもった。
「なっ、何をおっしゃいますの、突然……」
「だって、あなたはあの方を愛しておられるでしょう? だから今までご結婚なさらなかったのではないかしら?」
 全身に激しい狼狽を表してローレルを見たサラは、真っ赤になった頬を両手で覆うと、革張りのカウチにへなへなと座り込んでしまった。そのまますすり泣き始めた彼女が気の毒になり、その隣に座ると、慰めるように手をかける。
「何か問題でも? わたし達、何かお力になれないかしら。結婚許可証がいただければ結婚できるでしょう? この地域の教会に行けば……」
「そんな……! だって……、申し込まれてもいないのにどうしようもありませんわ……。わたしなんて、魅力なんかかけらもないオールドミスですもの。第一、伯父様が許してくださらなくては、結婚なんて不可能だし……」
「その伯父様が意識不明ではどうしようもないじゃないですか……、相続の件で、弁護士には相談してみたの?」
「ええ、管財人になっている弁護士がおりますから」
 暗い面持ちでため息をつく。
「わたしには、財産がいくらかもらえるそうですが、未婚女性は不動産の相続はできませんもの。といって、むやみに結婚相手を探し回るなんて……」
「むやみに探し回る必要がどこにあるんです?」
 ローレルはじれったくなって、声を高くした。
「すぐ目の前にいらっしゃるじゃありませんか! それに、あなたに魅力がないですって?」
 ミス・サラを見ていると、まるでかつての自分を見るような気がしてますます放っておけなくなる。ローレルは相手の目をしっかりと見ながら訴えた。
「ねぇ、本当にそうお思いになっているの? 今夜、試してみればどうかしら?」
「試すって何をです?」
 涙に濡れた顔を上げた彼女に、ローレルはにっこりと微笑みかけた。
「あなたのお部屋に連れて行っていただけないかしら? まずはドレスを一緒に選ばないといけませんもの」


 晩餐の準備が整い、長いテーブルにはこの館のコック達による素晴らしい料理が並んでいた。ジョーンズが気がかりそうに何度も扉を見やる。
「遅いですね、お嬢様は。お呼びしましょうか……」
「レディの支度というのは時間が掛かるものさ。我々しか居ないのだから、急がせる必要はないよ」
 妻が何を企んでいるのか、半ば面白がりながら、候爵がのんびりそう応えたとき、家政婦が心配そうな顔で来客を告げた。ジョーンズの顔も強張り、「ちょっと失礼いたします」と会釈すると、さっと出て行ってしまう。
「どうした? 招かれざる客人かな?」
 報告してきた婦人に尋ねると、彼女は恐縮したように身をかがめて応えた。
「はい、お嬢様のご遠縁にあたる、ミスター・チャールズ・べインズでございます。侯爵様ご夫妻のご来訪を聞かれ、ご挨拶にお越しになったようでございます」
「ほう」
 侯爵が呟いたのとほとんど同時に、廊下が騒がしくなる。

「だから、挨拶させろと言うんだ! 次期当主のこの俺がわざわざ出向いてきたんだぞ! 使用人の分際で妨害するとは何ごとだ!」
「しかしながら……」
「残念ながら。君は次期当主にはなれそうにないね。ミス・サラ・メイヒューは結婚することになったのでね」
 ゆったりとした声が響き、二人は声の主――扉の前に立つアシュバートン侯爵――を振り返った。スコットランド貴族の氷のような目が、粗野な相手を容赦なく値踏みし、判断を下した。噂の相続人を一目見るなり、侯爵はサラ・メイヒューの悩みを理解した。そして今の今まで妻の熱意にからかい半分だった彼も、唐突に決意した。こんな男に、この庭園を渡すことなど決してできない。大英帝国の芸術に対する冒涜だ。

「な、なんだと! しかし、メイヒュー大伯父はまだ意識がないと聞いたぞ。そんな口からでまかせを言うと……」
「でまかせなどではないさ。わたしの義兄のダッシュウッド卿とレディ・ユージェニーが、ミスター・メイヒューから、ミス・サラの後見人として万一の時のためにと委託を受けていてね。今はその万一の時だろう。わたしはその権利を行使するよう自信を持って進言するよ。疑うなら管財人の弁護士にでも確認してみるがいい」
「そんな、そんな無茶くちゃな」
 瞬時に青ざめたベインズから、侯爵は背後で見るからに安堵している執事に視線を移し、目配せした。
「あの庭園を君に渡すほうがよほど無茶というものだ。ということで、お引取り願おうか、ベインズ君」
「お帰りはこちらでございます。ミスター・ベインズ」
 促されて我に返った執事が、たくましいサーバントと二人がかりで、ベインズを館から放り出すのを見届けて、彼は頭をめぐらせ、まだ呆気にとられた顔をしているジョーンズと、階段の中ほどからこわごわ成り行きを見つめていたサラ・メイヒューを見上げた。
 最後に感嘆と安堵の色を浮かべて自分を見つめている妻と目が合い、やさしく微笑みかける。そして、何事もなかったように一同に声をかけた。

「やぁ、やっと降りてきたね。それでは、麗しのご婦人方をエスコートさせてもらおう。ミスター・ジョーンズ、君はミス・メイヒューをね」

 恥ずかしげに階段を下りてきたミス・サラの華麗なドレス姿に、ジョーンズが目を丸くしているのが見て取れた。思わず侯爵とローレルの口元に忍び笑いが浮かぶ。
 無理もない。今までのサラは、わざと野暮ったい服装を好んでいたとしか思えなかった。今、ローレルが貸した最新流行の華やかなドレスをまとった彼女は、はるかに美しく変わっていた。この館の女主人にふさわしい装いだ。
 侯爵がローレルの手をとり、続いてジョーンズがサラの手を取り、使用人達が居並ぶ中を、二組は改めて食事の席に向かった。


 ディナーを堪能した後、侯爵夫妻が部屋に引き取るのを見送ってから、ジョーンズがサラを庭に誘ったらしかった。部屋のバルコニーから庭を並んで歩く二人を見ていたローレルは、歩み寄ってくる夫を振り返った。
「あの二人、無事に収まるべきところに収まったようですわね。本当によかったこと! ……これで、この美しい地上の楽園も安泰ね。今夜はあなたのこと、かなり見直しましたわ」
「おやおや、聞き捨てならないね。わたしを一体誰だと思っているんだい?」
 背後から力強い腕に抱き寄せられながら、ローレルは満足げな吐息をついた。
「もちろん、あなたはわたしの愛する旦那様です」
「では今から、その言葉をしっかりと証明してもらわないとね。かわいい奥さん」

 観念したようにローレルは降りてきた唇に唇をゆだねた。
 楽園の夜空に、星が夢見るように瞬き始めた……。


〜 fin 〜



BACKTOPHOME

patipati

-------------------------------------------------
14/9/30 更新
大変遅くなり、申し訳ありませんでした〜。
これにて本番外編、ようやく完結です。
あとがきなどは、ダイアリーにて。